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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第2章「雷少女とウサギ討伐」
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第21話「小さな和解」



 ——“翠勇”を捜して——


 ……あぁ、なんだ、またこの声か。

 大丈夫。ちゃんと捜すつもりでいるから。


 ——“翠勇”を捜して——


 いや……それはわかったって。でも情報が少なすぎるんだよ。

 翠勇って何? 人? 場所? もの?


—— …… ——


 なんで黙るんだ?


 ——これ以上の交信は危険——


 え?


 突然、何も聞こえなくなった。

 意思があるのは暗闇。女性の声は途絶える。

 なぜ勝手に消える?

 なぜ彼を置き去りにしていなくなる?

 どうして何も教えてくれない? どうして、どうして、どうして——





「アズルぅぅぅぅ! 起きろっぴぃぃ! 起きなかったらオイラはぁぁ!!」

「うっ……」


 突然、聞き慣れた叫び声が耳を刺激し、真っ白な光の筋が目元を照らした。

 闇と光の狭間で揺れ動く意識をはっきりとさせ、アズルは倒れていた姿勢から上半身を起こした。


 彼がいるのは、狭い木造の家にあるベッドの上。外を見れば、あんなに真っ暗だった空はいつのまにか朝になっていた。

 そして周囲では——ノアやサラピ、そして村の人々が、静かにアズルを見つめている。


「へっ……?」

「起きたぞおおおおおおおおお!!」



 状況がわからずに困惑しているアズルの周りで、人々は笑顔で大騒ぎした。


「は……え?」

「ごめんだっぴ、アズル!! オイラは間違えて、アズルまで感電させちゃったっぴ!」

「あぁ……」

「ノアもごめんなさい。魔力が強すぎて……でも、無事でよかったです。すぐに助けたので、何とか応急処置ができました」


 サラピがアズルの腹に乗っておいおいと嘆き、ノアは傍でほほ笑む。

 アズルは彼らの様子を見つめながら、意識を失う前まで何をしていたのかを思い出していた。


「あれ……そうか、俺は確かグランビットを海まで誘い込んで、その後急にめっちゃ痺れて……え?」

「どうしたっぴ?」

「グランビットを完全に倒せたのか!?」


 アズルが目を丸くしながら叫ぶと、村人たちの隙間を抜けて、村長が現れた。

 彼は今まで見せていた険しい表情を一変させ、晴れやかな笑顔で言う。


「うむ! ノアがとどめをさしてくれたぞ。皆もよく戦った」


 再び歓声が上がる。

 この場の皆が幸せそうな様子を見ているうちに、アズルも自然と表情が綻びていた。





「……マジでごめんなさい」

「いやいや。こちらこそ、すまんかったのう」


 村人たちが、壊された建物などの瓦礫処理を行っている最中、アズルは村長と謝罪し合っていた。


「俺がグランビットを倒しきれていなかったのが悪かったです。村がこんなめちゃくちゃになっちゃって……お詫びが思いつかねぇ」


 アズルは気まずそうに周囲を見渡す。

 いくら死者が出なかったとはいえ、総員50人弱のうち、怪我人は大勢だ。家もいくつかは崩壊してしまった。この事態は、洞窟でアズルがグランビットにとどめを刺していれば起きなかったのだ。


 すると村長は首を振った。


「いや、結果的にお前さんは、皆を助けるために動いてくれたのじゃ。その勇気は認めるぞ。それにワシらも、お前さんを魔物などと決めつけて悪かったのう。酷い誤解じゃった。許してくれ」

「えぇ……そんな」

「何かお礼に欲しいものがあればなんでもやるぞ」

「いや! 何もいらないです」


 村長に頭を下げられ、アズルはたじろいでしまう。


 そこへ、子どもたちと一緒にノアが歩いて来た。

 ノアはアズルのもとへ駆け寄ると、彼の顔を見上げる。前髪は相変わらず長すぎるが、その口元は曇ることなく笑っていた。


「アズルさん、ありがとうございました」


 そう、半ば泣きそうな声で言う。やってきたライミーを抱え、彼女は語る。


「昨日出会った時から、アズルさんが優しかったから、ノアもライミーも救われました。ノアがちゃんと村を守ろうって思えたのは、アズルさんが希望をくれたからです」

「えぇ? なんかすごく大袈裟だな。……でも、元気になってくれたなら嬉しい」


 アズルは照れくさそうに頭をかいて笑った。


 すると遠くから、サラピが大声を出す。


「アズルー! なんか、魚のご馳走を分けてくれるらしいっぴよ! やっと食事だっぴ」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 反射的に、獣のような雄叫びを上げて走り出すアズル。食事を求める時、瞬間的に出る走る速度はまるで風のようだ。

 ノアと村長はキョトンとしながら見つめていたが——やがて、吹き出して笑うのだった。





 外に置かれたテーブルには、ホカホカな焼き魚や新鮮な刺身が置かれた。さすが漁村。村が崩壊しようと、魚だけは永久に採れるらしい。

 ライトシティで食べたサラダとサラミは、量が多かったから腹の満たしに丁度良かったが、さすがに血肉が足りなすぎた。魚を頬張るごとに、かつて魚が持っていた生命力が染みるような温かさを感じた。


「うまっ。ほれおいひいね」

「アズル……飲み込んでからしゃべろっぴ」


 机に喰らいつくように座ったアズルは、サラピと食事をしながら、横に座った村長やノアと話していた。



 口の中のものを飲み込んだ後、アズルは2人に尋ねる。


「そうだ、これずっと聞きたかったんだよな。みんな、『翠勇』って言葉、聞いたことない?」


 村長とノアは顔を見合わせる。


「いや……ノアは聞いたことないです」

「ワシも知らんなぁ……それはなんじゃ? どこで知った言葉じゃ?」

「知った? あー……ちょっと信じてもらえるかわからないけど、眠るたびに同じ夢を見て、その中で翠勇って言葉が出てくるんですよね……」


 普通に考えて、唐突にこれを言われたところで信じられるわけがないだろう。

 だが村長は、急に大きく笑い始めた。


「アッハッハ! そりゃ面白いな」

「ははは……」

「いや、ワシは大まじめに考えておるぞ。フーム……」


 村長は長い顎髭をいじりながら考え込む。

 そしてふと顔を上げ、近くを通りかかった男を呼び止めた。


「お前、今日はこれから出勤日か?」

「あぁはい。僕は今から港に向かいますが」


 男は頭に布を巻きつけており、大きな木箱を運んでいる。まるで、船乗りのような見た目だ。


 すると村長はアズルの顔を見てニヤリと笑った。


「良い情報を教えてやろう。実はこの地域から数百キロ離れた場所にな——『フェアリーキングダム』という、ピクシーが暮らす王国の島があるのだ」

「へぇ。ピクシーって、聞いたことはあります。確か、はねが生えた妖精だっけ……」

「そうじゃ。そしてピクシーはな……ワシら人間や亜種族が使う『三原色』の魔法とは、別の魔法を使えるのだ」


 アズルは頷く。

 確かに、今まで見かけた魔法の中で、炎、水、雷以外のものは存在しなかった。ロリーゼが使っていた「血液魔法」は例外だったが、きっと三原色以外を使えるのは、基本的にピクシーだけなのだろう。


「その魔法がどういったものかは知らないが、魔法の可能性は無限大。もしかしたら、お前さんの力になれる者も存在するかもしれないぞ」

「確かに! でも、どうやってフェアリーキングダムに行くのですか?」


 すると村長は笑って、呼び止めていた男を指さす。


「この村から数キロ離れたところに、港がある。そこは貿易船なんかが盛んなんじゃ。観光船も通るから、フェアリーキングダムにも行ける。こいつは船の乗組員としてこれから港に向かうから、こいつに案内してもらえ」


 男は「任せてください!」と歯を見せて元気に笑った。

 アズルは身を乗り出し、表情を輝かせる。


「いいんですか!? 本当に!?」

「いいから言っているのじゃ。何を疑っておる」

「……」

「ほれ、言ってみろ」

「……昨日の朝、すごく優しかった医者に、突然裏切られて……」


 ロリーゼのことだ。

 アズルの中では正直、まだあの医者が許せなかった。

 何が目的なのかわからないが、突然アズルを平気で裏切った。これ以上、信頼していた者に陥れられたら、もう誰も信用できなくなりそうだった。



 すると村長は真面目な顔つきになる。


「……そいつが誰かは知らんが、世の中は今、物騒じゃ。魔物との共生は、完全にはできていない。人間同士でさえもそうやって問題を起こす。何でも信じて良い時代ではないのじゃ。だが……」


 ふいに、彼は穏やかな表情を浮かべた。



「疑いすぎては、誰のことも好きになれなくなってしまう。ほどほどにな」

「……ありがとうございます」

「まぁ、お前さんを疑ったワシが言えたことじゃないんだけどな! がははっ」


 長年の経験から言うことなのだろうか。ほんの少し、気持ちが楽になるような助言を受け、アズルはホッとした。


「じゃあ……次の目的地とかも何も決まってなかったし、フェアリーキングダムってとこに向かってみるか」

「そうするっぴ!!」





 やがて、食事を食べ終え、支度を整えた後——

 アズルとサラピは船乗りの男と共に、村の入り口に立っていた。

 相変わらずアズルの服はボロいままで、一見ポンコツから何も変わっていないように見える。だが彼らはこの危なっかしい1日で、大きな成長を遂げたはずだ。


「アズルさん、本当にありがとうございました」


 ノアとライミーが代表に、アズルへとお礼を伝えに来てくれた。

 彼女が来る前にも、アズルは村人たちから何度もありがとうを言われた。大人数に感謝されることなど初めてで、アズルの心は嬉しさより照れくささが勝っていた。


 それと同時に、昨日の朝の決断を思い返し、良かったと思った。世界中を旅しなくては、こんな出来事に巡り合えなかったのだろうから。

 グランビットを倒したのは大変だったが——思い返せばあっという間だったというのは、よくあることなのだろうか。


「またいつか、アズルさんに会いたいです」

「ライミィ~!」


 ノアは希望に満ちた顔でアズルを見つめた。アズルも、胸ポケのサラピも同じ表情を見せる。


「また来れたら来ると思う」

「オイラも遊びに来るっぴね~」

「ぜひ! ノアはもっと強くなって、村を守れるようになろうと思いました!」

「じゃあ……」





 アズルたちは大声で叫びながら、村を出て行く。

 ノアは彼らの背中が見えなくなるまで、小さな手を力強く振り続けていた。





「あっ……」

「どうしたんだい?」


 船乗りの男は陽気なステップを刻みながら、海岸沿いの道を歩いている。

 アズルはバッグを漁りながら、青ざめた様子でつぶやいた。


「……船、乗ったことないけど……お金いるよな、多分」

「え? もちろん必要だけど……」

「俺ってば一文無しじゃあああああん!!」


 急に頭を抱えて大声を出すアズル。

 胸ポケのサラピが、ハァと盛大にため息をついた。


「……で、どうするっぴよ?」

「どうしようかな……あの時、村長さんからお金をお礼でもらっちゃえばよかった」

「欲がないって、意外と困るっぴねぇ」


 とてもじゃないが——巨大な魔物を倒した勇敢な者たちの会話とは思えない。

 1人と1匹の話題のペースに少しも追いつけず、船乗りの男はポカンと口を開けたまま固まってしまった……

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