第20話「勝利の喜び」
グランビットは、チビウサギたちが村人を殺せないことに苛立ちを覚えていた。
「……ったく、さっさと全滅させな! アタシゃ怪我してて腹減って限界なんだ!!」
彼女は血迷った目つきで周囲を見渡し、頭を鋭い爪でかき、傷をさらに深くした。
傷を負った村人は大勢だが、死人が少しも出ていない。魔物が脆弱な人間に負けることなど、プライドの高いグランビットたちにとっては許し難いことだった。
すると、チビウサギの1匹がグランビットに駆け寄って来た。
何やら焦った様子で、人間には理解できない言葉をグランビットに話している。
「アンタ、なんなんだい! 戻ってくんじゃないよ、戦っておいで……あ? アタシをこんな目に遭わせた青髪の男が、村の中にいた……?」
青髪の男とは、アズルのことである。
己の絶対的な強さを傷つけられた相手だ。グランビットは肩から震え、顔を充血させる。最初から不細工だったブタ顔は、さらに醜悪なものへと変化していた。
「……ぐぎゃああああああ!! そいつはアタシがなぶり殺す!」
彼女は大股で歩くと、村の中心へと自ら向かっていった。
一方でアズルは、逆にグランビットのことを捜していた。
右手で剣を持ち、襲い掛かって来たチビウサギたちと逃げたり戦ったりしながら動く。幸い、チビウサギ単体の攻撃力はさほど高くはない。かつてのゴブリンとは違って、アズルでも容易く対処できるくらいだった。
(サラピからあんまり詳しく説明されなかったけど……要は、俺が海までグランビットをおびき寄せればいいんだよな?)
サラピが言うには、「なるべく海の奥までグランビットをおびき寄せろ」とのことだった。
その後、ノアが魔法で解決するらしい。方法はよくわかっていないが、ひとまず彼は自分のやることに集中した。
「急に出てこないでくれよ……ていうか、あれ? さっきいた場所から、グランビットがいなくなってるぞ」
グランビットはひたすらに怒りながらチビウサギに指図しているだけで、アズルの存在にも気づいていなかった。
いなくなっているということは、彼女自身が行動を開始したのだろうか……
そう思いながら、村の中心へ姿を出した時。
偶然、同じ場所にいたグランビットと目が合ってしまった。
「あ……!」
「アンタあああああ!! 覚悟できてんだろうね!!」
洞窟の中での叫び声は反響していたが、この場では、声帯が無事なのか不安になるような叫喚が村の地を揺るがす。
対して、アズルは逃げずに剣を構えた。
「もうお前は怖くも何ともねぇよ……何度目だよこれ」
「うるざいっっ!!」
グランビットは大きな脚で地を蹴り、アズルに飛び掛かって来た。アズルは攻撃を受けもせず返しもせず、真横によける。
すでにグランビットの動きはかなり鈍い。怒りが絶頂期なだけで、体力がそこまで残っているわけではないだろう。
アズルは攻撃をかわすと、遠くへ逃げ出した。
「逃げる気かぁぁい!? 怖くないとか言ったくせにぃ!!」
ひたすらに逃げるアズルを、グランビットは追いかけ始める。
「洞窟の時と同じことができると思うんじゃないよ! ここは村! アンタの姿は丸見えさぁ!!」
周囲で戦っている人々は、少しずつ負傷し始めた。
早くグランビットを倒さなければ、被害が拡大する。
アズルは海にある桟橋付近へと向かった。後ろを振り返ってみると、グランビットが息を切らして追いかけてきている。
アズルの目の前は、ちょうど膝くらいまで浸かる海辺だった。海の近くに来たことなんて、これが人生で初だ。まさか、魔物に追われながら来ることになるとは思っていなかった。
ブーツの足を入れてみると、潮水が膝にかかり、傷口を刺激した。
「痛っ……!」
「海に入るとか血迷ってんのかい!!」
そう叫びながらも、同じく海へ飛び込むグランビット。アズルよりも重傷だが、彼女は痛くもかゆくもない様子だ。もはや痛覚はこの世から消え失せたのだろう。
アズルは急いで海の奥へと向かった。段々と水位が上がっていき、それにつれて痛みも伴う。
(早くしてくれよサラピっ……! このあとどうすればいいんだよ!?)
ふと後ろを見れば、グランビットに続き、一部のチビウサギたちも海に入ろうとしている。
いや、それは間違いだった。「入れられている」のだ。よく見ると海岸付近で、村人たちが槍などで突き、チビウサギたちを海に入れ込んでいた。
「なにやってるんだ?」
空を見ると、小さな物体がすばしっこく動いているのが見える。サラピだ。サラピが村人たちに、チビウサギたちを海に寄せるよう促していた。
そして、アズルはこれ以上足が地面に着かないことに気づいた。
溺れてしまうので、もう奥にはいけない。だが、体格の大きいグランビットは潮水を手で押しのけ、アズルの方まで来た。
「覚悟しなぁ!! 溺死させてやるよ!!」
「うわっ、待って、サラピ!! もう限界!!」
すでにアズルとグランビットの距離は5メートルほどだ。
巨大な腕に捕まったら、それが最期である。アズルは空中を飛んでいるサラピに助けを求めた。
すると——
サラピが、海岸付近にノアを連れてきた。
「すべての準備が整ったっぴ!」
「いきます! みなさん、離れて!」
ノアの大声を聞き、周囲の大人たちは離れる。
彼女は素早く電気の魔法陣を掴むと、海の中へと投げ込んだ。
魔法陣は巨大化し、真っ暗な海を神々しく透かす。半径は15メートル以上。ノアはこの魔法に、すべての魔力を込めることにした。
「な……なにする気だい。やめな!!」
グランビットは初めて本当の危機感を覚え、急いで岸へと上がろうとするが——間に合わなかった。
ノアは片手を高く掲げ。力強く握る。
「ええええええええええいっ!!」
次の瞬間、大量のプラズマが魔法陣から放出された。
電流の強い青白の光線が、幾度も曲がり、潮水を通過し、チビウサギたちを感電させていく。
そしてさらには、海に浮かぶグランビットへ——
「あっぎゃああああああああああああああ!!!」
強欲な魔物の断末魔が響いた。
人々は息を呑んで、グランビットを見守っていた。
グランビットの傷口が再び開き、赤黒い血が海面を汚す。
彼女は白い目をむいた後——起き上がることなく、水面に倒れた。
「やったああああああああああああああ!!」
人々は歓声を上げ、傍の者と抱き合った。負傷者は大勢だが、グランビットを、それも死者は出さずに倒せたのだ。嬉し泣きに涙を漏らし、夜でも賑やかな声を響かせた。
生き残ったチビウサギたちは、親分の死に震えあがる。
「うそだ……ばぁばが死んだ」
「逃げろおお!!」
到底力の及ばない子分たちが、どうやって勝てるというのか。指導者を失ったチビウサギは、大慌てで村から飛び出して行った。
ノアはすべての魔力を使い果たし、急に緊張の糸が切れたのか、砂浜にドサッと座り込んでしまった。
「はぁっ、はぁっ……何とか、倒せましたね……」
「ノアが最高だったっぴ!」
サラピが笑顔で飛んできた。ノアの座っている隣には、ライミーが嬉しそうにすり寄ってきている。
「オイラの天才的な作戦、見事だったっぴよね? 潮水は電気を通しやすい性質を活かして、一気に魔物を倒す作戦だっぴ!」
「何とかうまくいきましたよね。みんな協力してくれたし」
ノアは小さく微笑し、それから立ち上がった。
「さて、じゃあノアは……」
「ノア~!!」
遠くから聞こえてきたのは、子どもたちの声だ。
彼らは前のめりに転びそうな勢いで走ってくると、さっそくノアを取り巻く。今までの嫌悪感は何だったのか、今はすっかりノアを好いている様子だ。
「ノア! マジでお前の魔法すげぇな!」
「守ってくれてありがとう! ごめんね、今まで。ノアちゃんの魔法、強すぎて怖かったの!」
「うちもごめん!」
「ノアばんざーい!」
「……え? えっ!?」
急に謝罪と感謝を伝えられ、ノアは顔を赤くしてしまった。嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でも感情の整理が追い付かないが、何となく嬉しい感じがする。
今まで疎外感を感じていたが、初めて誰かに認められた——ような。
「……ありがとうです、みんな。ノアも、みんなが無事で嬉しいです」
「んも~、ノアちゃんったら……」
「あっ、そうだ! ノアはアズルさんにお礼を言いたいんだった!」
そう、自分を何度も励ましてくれた存在がアズルだ。
彼の言動。彼の行動。彼の表情。そのすべてが目に映るたびに、不思議な憧れを彼に感じていたからだ。
そう思ってノアは海の方を見る。
「アズルさ——」
言いかけて、誰もが気づかない事実に気づいてしまった。
なぜ、一番最重要なことを、全員が忘れていたのだろう。
「……サラピさん! アズルさんが!!」
「え? うわああ!!」
水面に浮かんでいるのは、青年の背中。
グランビットを倒すことに集中しすぎた彼らは——アズルへの考慮が行き届いていなかった。
感電するのは魔物だけだと、いつから思い込んでいたのか。
「おい、あいつ溺れてるぞ!」
「意識がなさそうだよ! 早く、引き上げて!」
騒ぎが大きくなる。
歓声を上げていた人々は、慌てて海の中へと飛び込んでいった。
意識を失う直前——
アズルは、激しく痙攣を起こしていた。
『あっがっ……!?』
体中を未知のエネルギーが駆け巡り、骨から痺れる苦痛を感じる。
めまいがした。水に電気が流れやすいなんて、山で育った彼は知らない。
なにより、自分の身の安全を忘れていた。
(……)
誰にも気づかれず、視界だけがぼやけていった。




