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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
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第1話「不憫な青年アズル」

 まず初めに問おう。

 皆は「勇者」と聞いて、どんな者を想像するだろうか?

 RPGゲームでも定番の、勇者という役職、もしくは称号。筋骨隆々の勇ましい格闘家だろうか。知的で華奢な剣士、というのもあるかもしれない。

 この物語の主人公も、「勇者」……といつかは呼ばれるかもしれない存在である。お? ならこの主人公も? 最強の能力を持った戦士か、賢明な剣士か、それとも……?





「腹減ったな……えーっと、西、西だよな、うん、こっちが西、あれ? このマークって西だよな? 北がこのマークだから、えっと……うわ、待って、わかんね!」


 温かい風が吹くのどかな草原の上。

 朝のお天道様は、輝きながら笑っていた。しかしそれはおそらく嘲笑だろう。

 コンパスすらもまともに読めず、さっきから草原を目障りにウロウロしている男に向けて……




 彼の名前はアズル。根は一応、心優しい青年だ。

 年齢は21。つい最近、21歳になったところである。

 先ほどのポンコツからは想像もできないかもしれないが、顔はそれなりに整った出来だ。肩ほどまである青色の髪を無造作に結んでいる。そして何より目立つのは――宝石を上回るほどに美しい、緑色の碧眼だった。

 山にある田舎町で育った、世間知らずの若者である。


 服装は、安物の白い長袖シャツにベルトを結び、下に古いズボンとブーツを履いただけだ。ボロいマントが風になびいており、全体的な不潔感から、浮浪者にしか見えない。顔が良いだけあって、酷く滑稽に見えるありさまだ。

 背中には一本、細い剣がさしてあったが、柄はボロボロなのに刀身はピカピカ。

 ――要するに、相手を斬ったことがなく、素振りが唯一の特技という、情けない実績である。


 アズルは今、故郷の田舎町を出て、初めて遠い都会を目指していた。

 理由は医者だ。医者に相談したい事柄があるからである。田舎町は医学があまり発展していなかったので、高度な治癒や魔法の知識がある医者を、直接都会へ訪ねに行こうとしていた。なので彼は、世界中を旅する冒険家、というわけではないのだ。

 遠いとはいえ、乗り物を使わなくてはたどり着けないような距離でもない。ちゃんと出発する前に、本などで調べておいたのだ。都会へ行くには、山を下り、まず最初にこの草原まで来て、それからまっすぐ西へ行くだけだと。

 初の遠出だが、方向と道さへ理解していれば、1、2時間も経たずに草原を抜け、到着するだろう。

 ――方向と道が、わかっていればの話だが。


「大丈夫、さすがにわかっている。いや、わかってきた。俺はさっきまでどうやら東に進んでいたらしい。気づけた俺は天才だな」


 アズルは謎に得意げな声で独り言をつぶやく。お天道様も無視している可能性が高い。

 彼自身、自分が極度の方向音痴であることはわかっていた。だからコンパスを持ってきたのだが、それでも迷うほどに、彼はどこかへ移動する能力がない。友達10人分の誕生日は覚えられても、東西南北は理解できない。もはや才能である。

 草原までは、勘だけを頼りになんとかたどり着くことができていた。しかし、それから先は、未だに一歩も進めていない。

 先ほどまで東に歩いていたという事実を理解した地点で、すでに絶望的だ。しかし、それに気づけたのはある種の成長だろう。なら、真後ろを振り向いて逆に向かえば西だ。


 だというのに、この男は……


「なら、こっちが西か」


 堂々と南へ歩み初めた。


 どうか、「あぁもうダメだこいつ」となって、画面端の✕印を押さないでほしい。

 失望も甚だしいが、彼の旅は、ここから本当の幕開けに向かっていくのだ。



 やがて、ずっと嘲笑していたお天道様も飽きてきたのか、いなくなってしまった。

 代わりに、雨が降る。ぽつぽつ、ぽつぽつと、少しずつ。


「……」


 アズルは顔を上げる。

 空は灰色だ。今、きっと、自分の心も同じ色だ。

 なんだか、そんな気がした。


「着かない……また方向をミスっているのか?」


 彼はもう一度、コンパスを手にとってみた。

 すると――空から、黒い鳥が数羽、彼目掛けて飛んでくる。雨の日、視界が悪くなる時を狙って襲ってくる鳥だ。

 獲物を捉える彼らの瞳は、ギンと強い眼光を放っていた。


「うわっ、何だよ!? ちょ、おい、やめろ!」


 鳥たちがアズルに襲い掛かり、つついたり引っ掻いたりを繰り返す。

 アズルは思わず顔を腕で覆って身を守ろうとするが――手の中のコンパスがなくなっていることに気づいた。


「おい! それを返せ!」


 鳥たちの目的は最初から、コンパスだったのだ。嫌がらせに人間の持ち物を奪い去って逃げる、凶悪な性質だ。

 アズルは大きな声で怒鳴ったが、完全に後の祭りである。

 鳥たちは容赦なく、コンパスを持ち去って行ってしまった。


 東西南北があやふやな彼にとって、コンパスなどあるもないも変わらないことだった。

 しかし……彼自身は頼りにしていたつもりの道具が盗られてしまい、精神的にもダメージがいく。


 雨が強くなってきた。

 コンパスを失ってから、何時間が経ったことだろうか。

 雨宿りする場所もなく、彼はもう、あてもなく草原の中を彷徨っている。

 腹が減っていた。


「誰も――俺の味方をしてくれないのかよ」


 それはつぶやきにも満たない、失望から成される声だった。


 そしてとうとう疲れ果て、泥まみれの地面に座り込んでしまう。

 マントが濡れて体にはり付く。服も湿り、体に悪寒が走る。


 いくらポジティブな人間でも、限界はあるものだ。

 打ち付ける雨の中、独りで身を晒し、どこに行けばよいかもわからない。この状況で、前向きになれる者などいるのだろうか。



 彼は無意識に剣の柄に手をかけていた。

 何か、自分の誇れるものが欲しい。

 故郷から都会にすらたどり着けない、無力な青年。

 鳥にすら勝てない、脆弱な青年。

 昔からそうだ。強くない。賢くもない。取り柄なんて見当たらない。


 しかし、何もない虚無の人間では在りたくない。


「寒い……」


 本当の独り言が漏れる。


 腹が危険信号を鳴らし始めた。もともと、かなりの空腹だったのだ。

 ぐらりと、めまいまでもを感じる。

 このまま誰にも知られず、草原の中で静かに消えていくのか――

 そう思った時だった。





「情けない人間がいるっぴね。助けが欲しいっぴか?」


 琥珀の瞳を持った赤色の小鳥が、ぴょこぴょこと跳ねてやってきたのだった。

初めての投稿作品です。

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