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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第2章「雷少女とウサギ討伐」
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第13話「一緒に」

「どういうことですか? なんでアズルさんを入れちゃ駄目なんですか!」


 抗議の声が、村の入り口で大きく響いた。





 アズルとサラピがノアに案内され、崖の道を抜けた先にあったのは、海沿いに接した爽やかな雰囲気の村だった。

 船が何艘も行き来しており、どうやら漁業が盛んのようだ。

 子どもたちが村の中を駆け回っており、大人たちは魔物なのか魚なのか判別不可な魚介類を引きずって歩く。海風特有な潮の匂いが鼻をくすぐり、村に近づいただけで、アズルは山で感じられなかった爽快さを覚えた。

 アズルの田舎町とはまた別の古臭さがあるが、それが愛おしく思える風景だ。



 ただしその快感も、村に入る直前までの話。

 アズルとノアが堂々と村に入ろうとした瞬間、村の大人たちがギョッとした目をアズルに向けてきたのだ。

 先ほどまでの爽やかな空気感はどこへやら。村の大人たちは急に怯え切った顔をした。


「ちょっ——村長! ノアの奴が、変な男を連れてきてますぜ!」

「なんじゃと!?」


 村の男は、1人の背の低い老人を連れてきて、大人数名でひそひそと話し合いを始めた。

 その様子を、アズルたちはポカンとした様子で村のアーチから見つめている。


「ん? 俺、変な男って言われた?」

「さぁ……おかしいですね、村長さんはいつも、外からの客は快く受け入れてくれるのに……」


 ノアは首を傾げている。

 アズルが村の中へ一歩進むと——村の大人たちが青ざめた顔で駆け寄ってきて、アズルを村の外へと押し出してしまった。

 アズルは地面にしりもちをつく。胸ポケに入っているサラピも含め、いきなりこんな雑な扱いをされ、彼らは怒りを見せた。


「痛っ! 何するんだよ!」

「その通りだっぴ! 何してくれるっぴよ!?」

「ち、近づくなっ! お前は出てけ、村に入るな!」


 大人たちはすぐにアズルから距離を取る。

 アズルが状況を理解できず困惑していると、背の低い老人がノアに険しい表情で話しかけた。


「ノア! この若造とはどこで会った」

「はぁ……? あ、あっちの崖の方ですけど」

「やはりか! ノアよ、今は村によそ者を入れることはできん」

「ちょ、なんでですか!? 村長さん!?」


 ノアもこの事態への理解が遅れているらしい。

 村長と思わしきこの老人はコホンとせき込むと、低い声で語る。


「実はお前がさっき村に不在だった時、崖に潜む危険な魔物の目撃情報が入った」

「え?」

「グランビットという魔物じゃ。正確には、グランビットの子分であるチビウサギの目撃情報じゃがのう」

「ぐ、ぐらん……?」


 グランビットにチビウサギ。ノアもアズルも聞いたことのない名前だった。

 アズルは解説を求めて下を向いたが、胸ポケのサラピも知らないという風に首を振った。


 村長が続ける。


「チビウサギ共は噂によると狡猾でな。美男美女に化けてガキや若者を信用させ、親分のもとへ連れ去るようじゃ。この若造の正体は、チビウサギかもしれん! 村の子どもを攫う気じゃ!」

「……は? はあああああっ!?」


 会話の途中で怒りを爆発させ、首を突っ込んできたのはアズルだ。

 取り押さえてくる村人たちを乱暴に振り払うと、村長の前に立って怒鳴った。

 すでに盗賊という濡れ衣を着させられているのに、さらに魔物疑惑を追加されるのは、彼にとって許し難い事態である。


「俺が魔物なわけないだろぉ! 何の証拠があるってんだよ!」

「逆に、魔物じゃない証拠だってないじゃろう。そうじゃ、どうしてもというなら、お前さんがグランビットの首を持ってくると良い。お前さんのような貧弱な若造には、ノアのような強い魔法でもない限り無理じゃろうがの。ホッホッホ」


 村長はアズルを一切信用していないらしい。

 小馬鹿にするように笑う村長を見つめ、アズルは肩をプルプルと震わせる。


 すると——




「……じゃあ、ノアがそのグランビットって魔物を倒しに行きます! それができたら、アズルさんを入れてくれますよねっ!?」




 突然、そばにいたノアが大きな声で叫んだ。

 小柄な体からは想像できないような気迫に、アズルも村長も驚いて目を見開く。

 すると村長は表情を一変させ、心配を顔に浮かべた。


「ノ、ノア、いくらお前の魔法が強いからって……」

「大丈夫です! 魔物退治は慣れてるって、知ってるでしょ? ノアが倒しますので!」


 するとノアはライミーを抱えたまま、村の外へと走り出してしまった。


「え!? え——……」


 突然の出来事にアズルは困惑し、周囲を見渡す。

 村の大人たちは、理不尽にアズルを疑い、睨んできている。


 胸ポケのサラピが小声でつぶやいた。


「アズル……いったんここは、村から出るっぴ」

「わかった」


 おそらくそれが、現段階で一番賢明な判断だろう。

 村に入れてくれないのは不服だったが、アズルは湧き起こる怒りを我慢し、その場から立ち去った。





「おーい、ノアー? どこ行ったんだよー。……あ」


 外に出ると、村の外にある井戸の前で、ノアが座り込んでいた。

 アズルがゆっくり近づくと、ノアが顔を上げる。


「アズルさん……」

「ここにいたのか。大丈夫?」

「ノアは大丈夫です。それより……ごめんなさい。まさか、あんなことになるなんて思っていなくて。村長さんは、あの、本当は優しいんです! 許してください」


 こんな状況でも、他人の行動に対する許しを求める少女。

 アズルはノアの近くに座り、首を横に振った。


「いや、別にいいけどさ。あれだろ? 気が立っちゃってんだろ? 魔物が怖くて。ノアのことは心配してたっぽいじゃん」

「……多分……」

「あぁでも、腹が減ったのは解決できなかったな。まぁいっか、サラピを食べれば」

「アズル!? オイラこそじゃあ、アズルのこと食ってやるっぴ!」


 サラピがついに真逆のことを言い返してきて、アズルとサラピは謎の口論を始めている。

 そんな様子をノアとライミーは静かに見つめて微笑みながら、空を見上げた。さっきまで真上にいたお天道様は少しずつ沈み、橙色の空が広がっている。




 すると——

村の中から、数名の子どもたちが出てくるのが見えた。

 男女含めた子どもたちは全員、ノアと同じくらいの年齢だろう。まっすぐにアズルたちのもとへと歩いて来る。


 子どもたちの存在に気づいたのは、アズルが先だ。


「ん? あの子たち、ノアの友達?」

「あ……アズルさん、駄目……!」

「え?」


 ノアが何かを言いかけた瞬間。

 子どもたちが遠くからアズルに向かって、石や木の枝を投げてきた。


「はっ!? な、何すんだよ!? 痛いな! やめろ!」


 アズルは顔を手で覆いながら立ち上がり、少し離れた場所へ行く。

 子どもたちは無邪気に笑い、「やーい、化けウサギー」と声を上げている。

 どうやらアズルをチビウサギという魔物とみなし、半ば遊び心で攻撃を加えているようだ。


 するとノアが怒った様子で子どもたちの前に出て行き、大きく叫んだ。


「まだチビウサギって決まったわけでもないのに、何するんですか!」


 すると先ほどまで愉快な表情を浮かべていた彼らの顔が曇った。

 リーダーらしき少年が前に進み出て、ノアを睨みつける。


「あぁ? ノア? お前、そーやっていい子ちゃんぶるのかよぉ! 魔物かもしれないんだったら、さっさと殺しちまえよな!」


 殺す。

 言葉の重みなんて考えず、簡単に言い放つ子どもたちを前に、ノアは嫌悪感を覚える。


 少年は足踏みをしながら続けた。


「大体さー、ムカつくんだよな。ノアって、生まれつき魔力が高いだけで大人たちにチヤホヤされて。雑魚い魔物退治して褒められてるんだろ? ふざけてんのか?」

「グランビットって、なんか強い魔物なんでしょ? さすがにノアちゃんでも倒せないわよ。あっちにいる化けた男に捕まって食われちゃえば」

「あたしたちの魔法の方が弱くて可愛げあるよねー! ノアってば、おっかなーい」


 子どもたちは下品に笑うと、満足したのか村へと戻っていく。

 アズルとサラピはただ呆然とした顔で、立ち尽くすノアを見つめた。


「ノ……ノア……」

「……大、丈夫です。慣れてますから」


 背を向けたまま素っ気なく答えた彼女だが、声が少し、震えていた。

 これの何がどう慣れているというのか。

 サラピは首を振ってため息をつく。


「最低っぴよ、さっきの子どもたち……大人がいないところで好き勝手やってるっぴね」

「……」


 アズルも同感だった。

 自分を根拠もなく魔物扱いしてきたのも腹立たしいが、今それ以上に怒りが湧くのは、ノアに対する暴言だ。

 魔物に食われろだなんて……あり得ない。


 すると、ノアがゆっくりと振り返る。

 前髪のせいで瞳は見えない。淡々とした口調で彼女は語った。


「ノアの魔法が……強いことは知ってますよね? だからよくノアは弱い魔物退治を任せられることがあります。それをすると、大人たちに褒められる。他の子たちは、ノアに嫉妬してるんです」


 ノアは強く手を握りしめた。

 これ以上のやせ我慢はできない。彼女はただ、こみ上げる苦しさを呑み込むので精一杯だった。

 ライミーが彼女を心配そうに見上げる。その視線に気づいたノアは、首を振った。


「本当に大丈夫だから、ライミー。毎日こんな感じ。……すみません、アズルさんはしばらく安全な場所で休んでいてくれませんか? 今夜中に、グランビットを1人で倒してきますから。まずはどんな魔物か調べないと……」


 彼女には責任があった。

 アズルが魔物扱いされていることに罪悪感を覚え、早く解決したいと思っていたのだ。

 魔法陣を一瞬だけ輝かせ、調子を確認する。彼女は1人で頷き、重い足取りで歩き始めた。





 その瞬間。

 ノアの細い手首を、とっさに伸ばされた手が掴んだ。




「……あ、アズルさん!?」


 ノアは驚いて振り返る。

 そこには、アズルが立っていた。ノアは振りほどこうとするが、アズルの角張った手はしっかりと彼女を離さない。


「何して……」

「危険な魔物退治なんて、君1人に任せられねぇよ」

「……!」


 アズルがノアを引き留めた理由。

 彼には明確な意思があった。だがそれは曖昧で、言葉にならなくて、だがそれでも確かに存在する覚悟だった。

 期待も責任も悲しさも、独りで抱え込もうとしているノア。その孤独は、齢10歳の少女の器にはあまりにも重すぎる。

 危険な魔物に1人で挑もうとしているのだから止めた。いや、止めはしない。

 彼も立ち上がるべきなのだ。

 実力が弱いという事実に、惨めに甘える男ではないはずだ。


「あの子どもらに何も言い返せないの、腹立つだろ!? 俺は普通にムカついた!」

「……えっ? あ、はい」

「俺も手伝うよ。グランビットとかいう魔物、一緒にボコボコにしようぜ!」

「い、一緒に……!?」


 ノアは動揺した。

 次の言葉が出てこず、口をパクパクと開閉している。


「ごめん、俺とは嫌だった?」

「いや、あの、そうじゃなくて……い、一緒にって、言われたのが、初めてで……」


 子どもたちはとてもじゃないが、一緒に魔物を退治してくれるような存在ではない。

 ライミーとは心から愛し合っているが、言葉を話すことはできない。

 彼女の味方なんていなかった。その時現れ、手を差し伸べてくれたのがアズルだ。


 ノアは少しだけ考える。

 やがて覚悟を決めると、顔を上げた。

 表情は見えなくとも、その声には確かな決意が宿っている。


「……わかりました! 一緒にグランビットを倒しましょう!」

「よぉし! 決まりだな!」


 アズルは曇りない笑みを浮かべた。


 しかしそこで、サラピの余計な一言が入る。


「アズル……自分で言い出したんだから、ノアの足を引っ張るなっぴよ」

「わかってるしっ!」


 アズルはサラピの声をかき消すように、大きな声を出した。





 あっという間に日は沈み、静かな夜が訪れる。

 闇夜に潜む残虐な魔物も——そろそろ動き出す頃合いだ。




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