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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第2章「雷少女とウサギ討伐」
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第12話「少女の恩返し」

 崖の壁にめり込むほど強く叩きつけられたアズルは、ぴよぴよと目を回していた。


「あひゃあぁ……?」

「ほら、さっさと起き上がって何があったのか確認するっぴよ」


 辛辣なコメントを添えて、サラピが無傷で飛び上がる。小柄な彼は、壁に叩きつけられてもアズルほど強い衝撃を受けなかったのだ。

 しばらく行動不能なアズルを放置し、サラピは岩の残骸が広がる場所へと戻る。


「まったく、誰があんな岩をぶち壊すような魔法を——あっ」


 ふと目をやると、もともと岩があった場所に少女が立っているのが見えた。

 こちらに背を向けた状態で、腕に抱えた何かを撫でているようだ。

 背丈はアズルよりも頭二個分ほど小さい。おそらく、10歳前後の女の子だろう。


「まさか、あの子も今の爆発に巻き込まれたっぴ? おーい、大丈夫っぴかーっ!」


 サラピが声をかけると、少女がようやく振り向いた。

 その少女は、亜麻色の髪を二つのおさげに分けていた。長い前髪が瞳を覆い隠しているので、表情が口元からしか読み取れない。

 ボロいワンピースを着ていて、その上から、サイズの合わないフードを被っている姿だった。


 少女の腕には、先ほどアズルたちの前に現れたスライムが抱えられており、「ライムゥ~」と甘い鳴き声を上げている。


「え? なんでスライムがその子と……」


 サラピがキョトンとした表情をすると、少女が冷静な声で言った。


「何か勘違いしてませんか?」

「は?」

「岩を壊したのはノアです」


 そうつぶやき、少女は——腕輪のように手首にはまった、岩を壊したのと同じ魔法陣を見せつけたのだった。





「……うんっ……?」


 ようやく、アズルが目を覚ました。

 彼は揺れるように痛い頭を押さえ、よろよろと立ち上がる。確か、急に魔法陣が出てきて、岩が爆発して、吹き飛ばされて……

 記憶をたどりながら、彼は無意識にサラピを捜す。すると少し離れたところから、賑やかな会話が聞こえてきた。


「なるほどーっ。さっきのはノアの魔法っぴねー」

「はい。威力の調整が下手なので、さっきは必要以上にやりすぎましたけど……。サラピさんが怪我していなくて、本当に良かったです」

(なんだ? 誰と誰が話してるんだ?)


 アズルが早歩きで近づくと、割れた岩を椅子の代わりにして、サラピと少女が座っていた。少女のそばでくつろいでいたスライムが、アズルの存在に気が付く。


「スラッ!」

「どうしたの、ライミー?」


 少女はスライムに声をかけると同時に、アズルに視線が移動した。そして、口元だけでもわかるくらいの無表情を浮かべて固まる。

 風の吹く音が聞こえるほどの虚無の時間が流れていくので、アズルはだんだんと気まずさを覚えた。


「……えーと、君、大丈夫そう?」

「誰ですか? この汚いにーさん。不審者ですか?」

「はっ?」

「ノア、こいつはアズルっていって、オイラの相棒だっぴ」

「あっ、サラピさんの相棒ですか! 失礼しました!」


 曇っていた少女の顔が明るくなり、おそらく笑顔でアズルを見上げた。

 アズルはげんなりした顔で、何をどうすればいいかを理解できずにいる。


「ごめん、何もわかってないの、俺だけ?」

「アズル、お前が気絶している間にオイラとこの子で話していたっぴよ。この子はノアっていう名前だっぴ」

「初めまして、ノアです。このスライムは、ノアの友達のライミーです」


 名前を呼ばれたスライム……ライミーは、「ラッ!」と元気よく返事をした。

 先ほどの不審者とかいう問題発言は置いておき、ノアは悪い性格ではなさそうだ。

 アズルは近くの岩に腰掛け、ノアに話しかける。


「この岩を壊したの、もしかして君なのか?」

「そうです。この、腕についている魔法陣でやったんです」


 ノアは自身の腕をアズルとサラピに見せた。

 彼女の両手首に、先ほど岩を砕いた魔法陣がはまっている。だが、岩を囲っていた時はおそらく直径五メートル近くはあったはずだ。今はまるでブレスレットのように、形は同じだが大きさが縮小されている。


「ノアは三原色の中で、雷属性を使えます。魔法陣はノアの魔法の源です。これのサイズを好きに変えて、電撃をバリバリ流せるんです。岩が邪魔だったので、ぶっ壊しちゃいました」

「あぁそゆことね……威力おかしいだろマジで」


 自分の水魔法(排尿未満)と比較してしまうと、比較対象にすらならないが、ノアの岩をも破壊する魔力は底知れぬものであるように思えた。アズルと10歳近くも年齢が離れていそうだが、この歳で恐ろしい才能である。


「それはすみません、ノアも気にしてるんですが、威力の調整が下手なんです。ところで、ライミーがさっき、助けてくれた優しい方がいたと伝えに来てくれたのですが。もしかして、アズルさんですか?」


 ノアの言葉に、アズルは一瞬だけポカンとした。


(助けてくれた……? あぁ、もしかして水のことか? ていうかこの子、スライムの言葉わかるんかい……)


 スラ~とかライム~だとか言われても、何が言いたいのか理解できるわけがない。ノアの意思疎通能力は謎だが、ひとまず気にしないことにした。


「ライミーは水分不足になると、弱って動けなくなっちゃうんです。ノアが今日、水筒を持ってき忘れたので困っていました」

「あー。確かに俺、さっきこのスライムに水をあげたよ」

「それです! ライミーはアズルさんたちに祝福を与えろと言っています。ノアもアズルさんにお礼がしたいです。アズルさん、何を望みますか?」

「いや、俺は別に何も……」


 アズルが苦笑いをして首を振った瞬間……

 ——彼の腹が、こらえきれなかった低い音を出した。


「!!!」


 アズルは赤面し、慌てて腹を押さえるがもう遅い。

 気が付けば、目の前の少女が意地悪な笑みを浮かべて笑っていた。


「あははっ! アズルさん、腹ペコだったんですか?」

「〰〰〰〰〰〰〰〰」

「そうだ!いいこと考えました」


 ノアが何か思いついたように顔を上げると、笑顔ではしゃいだ。


「ノアが住んでいる村に、アズルさんを案内してあげるのです! 村の人は優しいので、美味しい食事を食べさせてくれるはず! それがお礼、どうですか?」

「うおおお、それは燃える! ノア、マジ!?」

「アズル……? お前、指名手配……」


 サラピが冷めた目で見下ろしてきたので、アズルは慌ててノアに対し首を振った。


「いや、あのね? ちょっと一つ聞いていい? ……最近、変な盗賊の話題、その村に広まったりしてない?」

「……盗賊? いや……特にそのような情報はないですけど」


 ノアは質問の意図がわかっておらず、首を傾げながら淡々と答えた。


アズルは宙を飛んでいるサラピを強引に掴んで胸ポケに戻し、ひそひそと小さな声で言う。


(サラピ、これは運がいいぞ! 村に案内してくれるみたいだ。それも、俺の噂が広まっていない村! 腹減ってたんだよなー! ついでにほら、あれ! 翠勇について何か知らないか、聞けるじゃん!)

(幸運かつ急すぎて、嫌な予感がするのはオイラだけっぴかね? 何かうまくいかない気がするっぴよ)

(大丈夫だって。何かあったら、サラミの鉄板頭脳で何とかなるだろ)

(ん……?)


 一瞬だけ不愉快な感情が沸いたが、聞き間違いだとサラピは首を振った。

 「おーい」と言われ、顔を上げると、お礼をしたくてうずうずしている少女とスライムの姿が映る。


「アズルさん、村に向かってもいいですか?」

「あぁ。案内頼む」

「りょーかいしました!」


 ノアは満開の笑顔でうなずき、ステップを踏みながら細い道を歩き出した。





 彼らは気づいていなかった。

 複雑に割れた崖の隙間から——赤色の瞳がいくつも、アズルたちを見つめていたことに。

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