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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
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第9話「逃走劇」

 アズルの悪夢を必ずや解消すると、献身的になってくれた医者ロリーゼ。

 そんな彼は今、1人の青年の運命を狂わそうと、その人差し指を青年に向けている。





 アズルは青ざめた顔をした。

 今、目の前で、信じがたい光景が広がっている。

 医者を尋ねに来ただけだというのに、その医者に盗賊扱いされ、ましてや兵士を集められて宿ごと包囲されているという。街の住民たちも呆気にとられ、離れたところから呆然と見つめていた。

 あまりにも唐突な事態に、怒りも悲しみも恐怖すら湧かない。ただ、驚いた。

 サラピも声を出せず、アズルの顔と外を交互に見ている。


 いやしかし、アズルが盗賊というのはれっきとした嘘だ。

 嘘はいずれバレる。必ずや、自然とその結論に至るだろう。アズルには何の危害も及ばないはずだ。


 ロリーゼは、そんな楽観的な思考を浮かべるアズルを見据え、兵士たちに言う。


「僕は昨日、客だった彼に出会った。その時の彼は酒によって酔っており、自ら王家の宝を盗んだことを暴露していた。そして口を滑らせたことに恐怖し、慌てて逃げ、この宿にこもったのだ。できればその時に拘束したかったが、僕1人の力では逃げられてしまう可能性もあと判断した。そこで次の日になるのを待ち、君たち兵士に協力を得ることにしたのだ」


 もはや彼が何を言っているのかさえ、アズルにはわからなかった。


 完全な噓八百だ。事実無根の作り話だ。この男が言うことは、すべて虚言である。

 しかしそうであることを証明する力は、今のアズルにはない。

 街でも城でも有名な天才医師の、いかにも事実らしく述べた嘘と、どこぞの馬の骨かわからない青年がぼやく言い訳。正当性はさておき、どちらが有力かは一目瞭然だろう。

 実際、医者1人の声でこんなにも街の兵士が集められているのが、何よりの証拠だ。

 権力者が勝つこの状況では、どうしようもない。


「そういえばあいつ、飲食店で見たぞ! 無銭飲食で放り出されてた奴じゃないか!?」

「浮かれた様子で歩く彼を見たわ。どうりで怪しいと思った!」


 住民たちのざわめきが、徐々に大きく、アズルにとって不利な方向に流れていく。


「嘘だ……そんな……何言ってんだよロリーゼさん……!」


 アズルは戦慄する。こんなことがあり得ていいのだろうか。

 するとロリーゼの前に、宿主が慌てて出てきた。


「ろ、ロリーゼさん、でもあのお客、ロリーゼさんとの知り合いって言ってましたぜ。ほらぁ、この紙だって」


 店主が出してきたのは、昨晩、アズルがロリーゼから受け取ったメッセージの紙だ。それを目にした瞬間、ロリーゼは一瞬だけ顔をしかめたが……すぐに紙を受け取り、無理やり引き裂いた。


「この紙は偽物だ。権力者の名を使ってごまかせると思うなよ、盗賊め!」


 昨日とはまるで別人のように、荒々しい口調でロリーゼは叫ぶ。


「確かに彼は最初は僕の客だった。でも盗賊となれば話は違う。彼はどこかに王家の宝を隠したと言っていた。聞き出すために、彼を捕らえなさい!」


 すると兵士たちが、宿屋の入り口を突き破るように侵入してきた。他の客や従業員はたまらず、塵となって逃げていく。


「わわわ、どうするっぴ! このままじゃ捕まるっぴよ!」


 サラピが慌てた声で叫び、アズルの早急な選択を促す。

 アズルは必死に思考した。

 選択肢は2択。逃げるか、逃げないかだけだ。誤解を解くという選択は、現段階ではもはや存在していない。

 逃げた方がいいのか? ますます罪は重くなりそうだ。

 だったら、自首することが最善なのだろうか? 自分は、何も悪くないというのに。


 もし逃げないで捕まったらどうなるんだ?

 盗んだ……王家の宝……逮捕……隠し場所……聞き出す……

 冷静に考えて、やっとその恐怖が彼の意識に上乗せされる。


 とにかく逃げろ。逃げてからすべて考えるんだ。


「サラピ! と、とにかく、どうにかして逃げるぞ!」

「ええええ! ど、どうやるっぴ!? ここ3階っぴよね!? オイラはいいけどアズルは……!」


 サラピが驚くのも当然だ。おそらくあと数分もせずに、兵士たちはここまでたどり着く。

 廊下に出てから逃走経路を考えるのではもう遅い。


「そうだ、ここだ!」


 やっとのことでアズルが思い浮かんだ唯一の突破口、それは、窓。それしかなかった。

 3階は宿屋の最上階。窓を伝って屋根の上にのぼり、屋根と屋根を渡って逃走。どう考えても無謀だが、兵士たちが大勢待ち受ける廊下に猪突猛進するよりかはマシだ。


 カーテンを剥ぎ取って窓を開け、アズルが堂々と顔を出す。容姿をはっきりと公へ露わにし、兵士たちがざわめきだした。

 そして素早く外に足を出し、窓の細いふちにつま先をかけた。そのまま少しずつ右にずれ、屋根に一番近いところまで移動しようとする。風が強く吹いた時、バランスを崩して落ちるのではないかとハラハラした。

 落下する心配はない。いや、この表現は適正ではなく、正確には落下して怪我を負う心配はない、だ。なぜなら仮に落ちたとしても、大量の兵士たちが確実に彼をキャッチしてくれるからだ。なので結果として絶対に落下するわけにはいかない。

 兵士たちが驚いた声をあげるが、ロリーゼが冷静に命令を下した。


「驚く必要はない。矢を放って落としたまえ」


 すると弓矢を装備した兵士たちが、アズルに狙いを定めて構える。


「うわあっ、矢はヤバいって!」


 本気で殺す気できている兵士たちに、アズルは再び恐怖した。そして、数本の矢がアズル目掛けて放たれる。

 しかしそこへ胸ポケからサラピが参戦。素早くアズルの前を飛び、小さな炎の玉を吐いた。


「ピイイイイイイイイッ!」


 炎の玉に直撃された木の矢は、アズルに届くことなく燃えながら落ちていく。さらに飛んでくる矢に向けて、サラピは機敏に反応。矢は1本もアズルに直撃しなかった。


「ナイス、サラピ!」

「あとで感謝しろっぴよ!」


 サラピが鼻を鳴らし、アズルは何とか窓の上をよじ登って屋根の上に到達。


「逃げるな! 罪が重くなるぞ!」

「もともと盗みの罪なんかねぇよ!」


 アズルは兵士たちにそう叫び、屋根の上を走った。

 まさか、猫のように屋根の上を歩くという経験をすることになるとは思わなかった。屋根から屋根に、勢いをつけてジャンプ。足を滑らしたら終わりだ。

 サラピは地上の状況把握をしながらアズルを追いかける。


「アズル、まずいっぴよ! 兵士たちの追いかける速度がだいぶ速いっぴ! 早くどこかに下りて隠れないと、いつか屋根の上にくるっぴよ!」

「嘘だろ!?」


 さすがの兵士たち。おそらく、今まで何人もの犯罪者を捕縛してきたことだろう。

 アズルのようなただの田舎者を捕らえることなど、造作もないことのはずだ。


「というか、下りるということを考慮してなかったよ! まさか、飛び降りることはできないし!」

「バカ——!」


 兵士たちというクッションがない場所に飛び降りたら、良くて骨折、悪くて死だ。

 困り戸惑うアズルは、とにかく兵士たちから離れるために、屋根を必死に渡り続けた。

 兵士たちの叫び声が段々と遠のいていく。それでも走り続ける。


 そして——





「あっ!」

「あら、あなたは——あぁ、ウフッ、あの時のピュアちゃんね」


 まだ兵士たちが来ていない海沿いの道を1人で歩く——手先が薔薇の女性と、再び目が合ったのだった。

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