17-2:動けない巫女
ガシャン、ガシャン、と重苦しい金属音が近づいてくる。
店の裏手の工事現場から、フェンスを蹴破るようにして現れたのは、異様に改造された小型ショベルカーだった。
そのアームの先端には、通常のバケットではなく、鋭利な「巨大な杭」のようなパーツが装着されている。
まるで、地面だけでなく、そこに住む人間の命ごと突き崩すための凶器だ。
その運転席から、作業着姿の男がひらりと飛び降りた。
さっき俺と目が合った、羅盤を持った男だ。
彼はヘルメットを小脇に抱え、俺たちの店の前――陥没したアスファルトの縁に立ち、ニヤリと笑った。
「警告はしたはずだぜ、ご同業」
男の声は、砂利を噛んだようにざらついていた。
「ここはもう『凶地』だ。地脈の流れは完全に書き換えた。……さっさと立ち退かないなら、このボロ屋ごと“事故死”してもらうことになる」
「……やっぱり、テメェらの仕業か」
俺は一歩前に出た。
体の中で、玄さんの霊力が蒼い炎となって燃え上がる。
物理的な重機だろうが、風水だろうが関係ない。
俺の家に手を出したことを、後悔させてやる。
(小僧、あの重機ごと叩き斬るぞ。……加減はしねえ)
「ああ、同感だ!」
俺は拳を握りしめ、地面を蹴ろうとした。
あの男の懐に飛び込み、そのふざけた羅盤ごと殴り飛ばす――!
その、瞬間だった。
「――ダメッ!!」
悲鳴のような声と共に、俺の腕が強く引かれた。
「うおっ!?」
振り返ると、詩織が俺の袖を両手で掴み、必死の形相で首を振っていた。
その顔色は、死人のように蒼白だ。
「詩織ちゃん? 何してんだ、あいつは敵だぞ!」
「ダメ……! 手を出したら……!」
詩織の瞳が、恐怖で見開かれている。
彼女が見ているのは、目の前の風水師ではない。
その背後にいる、巨大な組織と、人質に取られた母親の姿だ。
「ここで私たちが抵抗したら……『妙な真似』をしたら……!」
「母さんが……母さんが、殺される……!!」
麗華の言葉が、呪いのように彼女を縛り付けていた。
『生命維持装置の電源を、うっかり落としてしまうかもしれませんわよ?』
「……っ!」
俺は、振り上げた拳を下ろすしかなかった。
戦えば勝てるかもしれない。
だが、俺がこいつを殴った瞬間に、遠く離れた病院で、詩織の母親の心臓が止まるかもしれないのだ。
「へェ……」
風水建築士の男は、詩織の怯えようを見て、嗜虐的な笑みを深めた。
「なるほど、噂の『巫女』ってのはお前か。……親孝行な娘さんだこと」
男はわざとらしく羅盤を操作し、俺たちの店――『浅河』の方角を指差した。
「だが、親孝行なら場所を選んだ方がいい。ここはもうじき、ガス爆発か地盤沈下でペシャンコになる運命だ」
ゴゴゴゴ……!
男の言葉に呼応するように、背後の改造ショベルカーが唸りを上げ、アームの杭を地面に突き立てる。
ドス黒い波動(邪気)が地面を伝い、店の基礎を揺さぶった。
ミシッ、ピキキッ!
店の窓ガラスにヒビが入る。
「やめろォ!」
「……ひっ……!」
俺が叫ぶが、詩織は俺の腕にしがみついたまま、ガタガタと震えている。
本来なら、彼女の結界術で店を守れるはずだ。
だが、今の彼女は恐怖で印を結ぶことさえできない。
呼吸すら浅く、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「ハハハ! 無様だなあ! 呪術師が呪いに縛られて動けねえとは!」
男は高笑いし、重機へと戻っていく。
「今日のところは『挨拶』だ。……明日までに更地にしておけよ?」
重機が去った後には、ひび割れた店舗と、絶望に打ちひしがれた俺たちだけが残された。
俺は、震える詩織を支えながら、唇を噛み締めた。
このままじゃ、店も、詩織の心も、守りきれない。




