第17章:風水建築士の襲撃 ~見えない鎖と重機の牙~ 17-1:不幸を呼ぶ“工事”
翌日。
浅草の空は、昨日の衝撃を引きずったように重く淀んでいた。
俺の実家、和菓子処『浅河』の店内には、いつもとは違う、張り詰めた空気が漂っていた。
客足はまばらだ。
俺はカウンターの中で、手持ち無沙汰に湯呑みを拭きながら、テーブル席の一角に目を向けた。
そこには、昨日の「人質宣言」以来、心ここにあらずといった様子の詩織が座っていた。
目の前に置かれた焼きたての団子には手もつけず、冷めきったお茶を見つめたまま、ピクリとも動かない。
「……詩織ちゃん」
俺はカウンター越しに声をかけたが、返事はなかった。
無理もない。母親を人質に取られ、しかもその場所は敵の懐(要塞)。
「手出し無用」と脅されれば、動けるはずがない。
俺たちは、対策を練るためにこうして集まったはずが、重苦しい沈黙に包まれたまま時間だけが過ぎていた。
(……腐れ外道どもが)
脳内で、玄さんが低く唸る。
俺たちの手元には、ボーナスという名の「戦費」がある。
だが、それを使う相手も、使う方法も、すべて封じられた状態だ。
これでは、ただの紙切れと変わらない。
「いらっしゃいませー……」
俺は、重い空気を払拭するように、努めて明るい声を出して、暖簾をくぐってきた客を迎えた。
せめて店だけは、日常を守らなきゃならない。
そう思った、矢先だった。
バシュウッ!!
「うわあっ!?」
「きゃあああっ!」
突然、厨房の床下から、爆発音と共に水柱が噴き上がった。
水道管破裂だ。
泥水混じりの水が、調理場と客席の一部を水浸しにする。
「なんだ!? 老朽化か!?」
「愁! 元栓を閉めて!」
奥から飛び出してきた親父の怒声。
俺は慌ててカウンターを飛び越え、床下のバルブへ走る。
詩織も驚いて立ち上がった。
だが、異変はそれだけではなかった。
ガシャアアアンッ!!
今度は、表通りで激しい破砕音が響いた。
店を飛び出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あっ、危ねえ!」
「看板が落ちてきたぞ!」
店の顔である、創業以来の木製看板『浅河』が、根元からボッキリと折れ、歩道のど真ん中に落下していたのだ。
幸い、直撃した歩行者はいなかったが、あと数秒ズレていれば大惨事だった。
「嘘だろ……先月点検したばっかりだぞ……」
親父が蒼白な顔で立ち尽くす。
さらに、悲劇は連鎖する。
ズズズズ……!
店の前の道路のアスファルトが、まるで豆腐のように陥没し始めた。
直径2メートルほどのシンクホールが、店の入り口を塞ぐように口を開ける。
「な、なんだこれは……!」
「おい、この店、呪われてるんじゃないか?」
「やだ、怖い……行こう、あなた」
遠巻きに見ていた観光客たちが、気味悪がって去っていく。
水道管破裂。看板落下。道路陥没。
たった数十分の間に、これだけの「事故」が立て続けに起きるなんて、確率的にもありえない。
「……今日は、店を閉めるぞ」
親父が、苦渋の決断を下した。
当然だ。客を危険に晒すわけにはいかない。
臨時休業の札をかけ、シャッターを下ろす俺の背中に、じっとりとした嫌な汗が流れる。
(……妙だな)
玄さんの声が、鋭く響いた。
(偶然じゃねえ。……この空気、感じねえか、小僧)
(空気?)
(ああ。店の中に、“悪い気”が溜まってやがる。まるで排水溝が詰まったみたいにな)
俺はハッとして、周囲の気配を探った。
霊視をするまでもない。
肌にまとわりつくような、湿った不快感。
これは、単なる不運じゃない。明確な「悪意」を持って誘導された、「凶運」の流れだ。
「……誰かが、やっているのか?」
俺は詩織に目配せをし、店の外に出た。
そして、その「原因」をすぐに見つけた。
ガガガガガガッ!
ドオォォォォン!
店の裏手、一本路地を挟んだ向こう側で、大規模な工事が行われていた。
グラン・アーバンのロゴが入ったフェンスに囲まれた空き地。
そこには、巨大な重機――ショベルカーや杭打ち機が、数台稼働している。
「……あいつらか」
(よく見ろ、小僧。あの重機の配置を)
玄さんの指示に従い、俺は霊力を瞳に集中させた。
すると、工事現場の光景が一変した。
ただの掘削工事じゃない。
ショベルカーのアームが、まるで巨大な「筆」のように動き、地面に刻まれた見えない「ライン(地脈)」を、強引に捻じ曲げている。
そして、杭打ち機が打ち込んでいるのは、建物の基礎じゃない。
どす黒い呪力を帯びた、長い「呪杭」だ。
「あれは……!」
(風水だ)
玄さんが吐き捨てるように言った。
(浅草の地脈……「龍脈」の流れを、重機を使って物理的に堰き止めてやがる)
(行き場を失った“気”が、汚れた“邪気”となって、一番低い場所へ流れ込む……)
その「流れ込む先」こそが、
地形的に窪地になっていて、しかも重機の先端(殺気)が向けられている――俺の実家、『浅河』だった。
「ふざけやがって……!」
俺は怒りで震えた。
呪術師が念を送っているんじゃない。
現代の「土木工事」そのものを儀式として利用し、物理的に環境を改変して、俺の家を「事故多発地帯(凶地)」に作り変えているんだ!
フェンスの向こう。
現場監督らしき男が一人、図面を片手にこちらを見ていた。
作業着姿だが、その手には不釣り合いな「羅盤(風水コンパス)」が握られている。
男は、俺と目が合うと、ニヤリと卑しい笑みを浮かべ、ショベルカーのオペレーターにハンドサインを送った。
ガガンッ!
重機のアームが、俺たちの方角へ向けて、威嚇するように振り下ろされる。
それは、無言の宣告だった。
『出て行け。さもなくば、店ごと潰すぞ』――と。
敵の刺客「風水建築士」。
詩織の心を縛った次は、俺たちの生活基盤を、物理的に破壊しに来たのだ。




