16-2:玄夜神社跡地の“未来図”
街頭ビジョンの中、神宮寺麗華が優雅に指を鳴らすと、画面上のCGマップがさらに拡大された。
『ご覧ください。これが、浅草の“新しい心臓”となる予定地です』
地図上に、赤いレーザーポインターのような光が落ちる。
その座標は、寸分の狂いもなく、詩織の実家――「玄夜神社」の跡地を指し示していた。
「……!」
詩織が息を呑む。
だが、残酷なショーはそこからが本番だった。
『この土地は、長きにわたり“非効率”な木造建築と、根拠のない迷信によって占有されてきました。……まさに、東京の血管を詰まらせる“血栓”のような場所です』
麗華の冷徹なナレーションと共に、画面には現在の「更地」の映像、そしてかつてそこにあった「神社の社殿」の映像が、半透明でオーバーラップされる。
そして。
ドォォォォォォン……!
重低音と共に、CGの映像が切り替わった。
天から降り注いだ巨大な「白い杭」のようなタワーの基礎が、神社の幻影を、真上から無慈悲に踏み潰したのだ。
鳥居が砕け、社殿がひしゃげ、御神木が薙ぎ倒される。
デジタルの演出とはいえ、その光景はあまりにも暴力的で、冒涜的だった。
『古い信仰を排除し、私たちはここに、地下深くまで霊的基礎を打ち込みます。東京中の霊脈を吸い上げ、浄化し、再分配する巨大タワー……『ネオ・エド・タワー』の誕生です』
粉々になった神社の瓦礫の上に、白亜の巨塔が聳え立つ。
それはまるで、浅草という土地の心臓に打ち込まれた、巨大な「墓標」のようだった。
「……あ、ああ……」
詩織の顔から血の気が失せ、唇がわなないている。
自分の家が。父と守ってきた場所が。
大勢の人の前で、「ガラクタ」呼ばわりされ、見世物として踏み潰されている。
これ以上の屈辱があるだろうか。
――いや。
屈辱を感じているのは、彼女だけではなかった。
ドクンッ!!
「ぐっ……!?」
俺の心臓が、早鐘を打った。
いや、違う。俺の心臓じゃない。
俺の魂の奥底に眠る「彼」が、かつてないほどの激怒で暴れ出したのだ。
(……テメェ……!)
脳内に響く声は、いつもの軽口ではない。
マグマのように煮えたぎる、ドス黒い殺気だった。
(あの女……! よくも……よくもやりやがったな……!)
俺の視界が、赤く染まる。
玄さんの怒りが、俺の肉体を内側から焼いている。
(あそこはな……ワシが死んで、魂を封じられていた場所だ。ワシにとっては、百五十年住み慣れた“寝床”なんだよ!)
玄さんは、江戸末期に処刑され、あの神社に「鬼神」として祀られた。
彼にとって、あの土地は牢獄であり、同時に唯一安らげる「家」でもあったはずだ。
(それを……ガラクタだ? 血栓だ? あんな趣味の悪りぃ塔の下敷きにするだと!?)
俺の拳が、ミシミシと音を立てて握りしめられる。
玄さんの怒りは、俺自身の怒りだ。
ふざけるな。俺たちの浅草を、俺たちの居場所を、そんなお高くとまった理屈で蹂躙されてたまるか!
「……おい、愁。あれを見ろ」
不意に、玄さんの怒気がスッと冷え、代わりに氷のような鋭さが戻った。
俺の意識が、強制的にビジョンの「ある一点」に向けられる。
「あそこだ。あの女狐の後ろに立ってる、男だ」
俺は目を凝らした。
画面の中、熱弁を振るう神宮寺麗華の背後。
控えめに、しかし異様な存在感を放って佇む一人の男がいた。
仕立ての良い黒いスーツを着ているが、その立ち姿は現代人離れしている。
微動だにしない体幹。隙のない所作。
そして、その胸元に光るラペルピン(社章)のデザイン。
それは、グラン・アーバンのロゴではない。
古風な「三つ巴」を変形させた、奇妙な紋章だった。
「……誰だ、あれ」
(……見間違いようもねえ)
玄さんの声が、憎悪に濡れた。
(あの紋章……『天領会』の幹部だ)
「天領会……?」
(ああ。幕末、徳川の威光を笠に着て、江戸の裏社会を牛耳っていた呪術師集団だ。……そして、ワシを罠に嵌め、処刑台へ送った張本人どもの末裔だよ)
「なっ……!」
俺は愕然とした。
玄さんを殺した組織?
それが、百五十年経った今も残っているというのか?
(あの男……名は知らねえが、顔つきが当時の頭領に似てやがる。……御門。そう呼ばれていた一族だ)
画面の中の男――御門と呼ばれた男が、ふとカメラに向かって視線を向けた気がした。
サングラスの奥の瞳が、画面越しに俺たちを見透かしているような、爬虫類じみた冷たさを感じさせる。
「……最悪の組み合わせだ」
俺は呻いた。
「グラン・アーバン」という圧倒的な経済力。
「天領会」という古来からの呪術力。
金と力。その両方を極めた連中が、手を組んでこの浅草を蹂躙しようとしている。
「……愁さん?」
隣で、詩織が俺の顔を覗き込んでいた。
俺から溢れ出る殺気に気付いたのだろう。
「大丈夫だ、詩織ちゃん」
俺は、震える拳を解き、彼女の肩に手を置いた。
「敵の正体が分かった。……あいつらは、ただの開発業者じゃない」
俺は、ビジョンの中の麗華と御門を睨み据えた。
「玄さんの仇であり、君の家の仇だ。……上等じゃねえか」
売り言葉に買い言葉。
相手が東京最強のタッグだろうが関係ない。
俺たちは「仕事人」だ。
喧嘩を売られたら、倍の値段で買い取って、叩き返すのが流儀だろ?
「行くぞ、詩織ちゃん。まずは作戦会議だ」
「……はい!」
街頭ビジョンが、再び麗華の完璧な笑顔を映し出す。
その白々しい光の下で、俺たちの「浅草奪還戦」は、静かに、しかし激しく幕を開けた。




