第3章:浅草の“闇”と仲間 3-1:道具(ギミック)
「……おい、小僧」
「なんだよ、玄。俺はいま就活サイト見てんだから忙しいんだ」
あの日、詐欺グループを半壊させた後。
俺は詩織のアパートの一室(すっかり俺の拠点になってやがる)で、ノートPCに向かっていた。
もちろん、脳内の玄はヒマを持て余している。
『テメェ、まだそんなモン見てんのか。それより“仕事”だ、“仕事”』
「うるせぇ。俺の本業は就活だっつーの。……それに、あんたも感じてるだろ」
俺は、自分の拳を握ったり開いたりする。
あのリフォーム詐欺の連中をブッ飛ばした時の、嫌な感触。
「素手は、ヤバい。いつか、俺は殺っちまう」
勢い余って殴ったら、死ぬかもしれねぇ。
そうなったら、俺の人生は終わりだ。
『……フン。確かに、加減しながらの“仕事”は骨が折れる』
玄は、不満そうに認めた。
『それに、この体は上等だが、やはり“得物”がねぇと調子が出ねぇ』
「得物?」
『ああ。江戸なら、懐に忍ばせた相棒がいたんだがな。もう、ここにはねぇ』
玄が、どこか寂しそうに言った。
暗殺者の「道具」ってことか。
それを聞いていた詩織が、スッと立ち上がった。
「……心当たりが、あります」
「え?」
「玄夜神社の蔵は、まだ取り壊されていません。父が、ガイアフロント社に必死で掛け合って、蔵だけは残す約束を取り付けていたんです。……玄様ゆかりの品が、あるかもしれません」
数時間後。
俺たちは、神社の跡地の片隅にポツンと残された、古びた土蔵の前にいた。
工事現場のフェンスに囲まれているが、詩織が持っていた鍵で、裏口からあっさり入れた。
「うわ……カビくさっ」
中は、ホコリと湿気の匂いで満ちていた。
薄暗い中、詩織が懐中電灯(スマホのライトじゃないあたり、準備がいい)で照らすと、古い巻物やガラクタに紛れて、一つの桐の箱があった。
「これです」
詩織が箱を開けると、中には黒ずんだ金属製の道具がいくつか入っていた。
「……なんだこれ?」
俺が手に取ったのは、やけに重い、一本の簪だった。
それと、鎖の先に小さな分銅がついたヤツ。
『おお!』
玄が、脳内で歓喜の声を上げた。
『こいつは「黒蓮華」! 俺の相棒だ!』
「かんざしが相棒?」
『ただの簪じゃねぇ。こいつは、こう使うんだ!』
玄が俺の体を操り、簪の飾り部分をひねる。
カチッ、と小さな音がして、簪の先端から、細く鋭い針が飛び出した。
「うおっ!?」
『これで急所を突けば、音もなく送れる。……まぁ、テメェは峰打ち(?)しか許さねぇみてぇだから、こうだな』
玄は、簪を逆手に持つと、丸い飾り部分で俺の手のひらを軽く叩いた。
ドンッ、と軽い衝撃。だが、メチャクチャ痛い。
(いてぇ! つーか、これ、スタンガンみたいになってねぇか!?)
気のせいか、叩かれた部分が少し痺れている。
「それは、神社の伝承にある『破魔の簪』です」
詩織が、クールな顔で説明を始めた。
「霊的な力を込めて打つことで、相手の神経を一時的に麻痺させます。……現代のコンデンサ技術で、私が少し、改良しておきました」
「お前がやったのかよ!」
このクールビューティー、とんでもないギーク(技術屋)だった。
『フフ。これよ、これ! やはり“仕事”は道具がねぇとな!』
玄は、すっかりご機嫌だ。
分銅の方も、鎖が特殊なワイヤーになっており、投げれば相手を拘束し、振り回せば打撃武器になるらしい。
「まぁ、それなら殺さずに制圧できるか……」
俺は、ひとまず安堵する。
同時に、俺は自分のリュックから、あるモノを取り出した。
「玄、詩織。こっちの『道具』も忘れるなよ」
「それは?」
「ドローンだ。就活の面接で『御社の倉庫管理にドローンはいかがでしょう!』とかプレゼンしたヤツのお下がりだ」
俺は、手のひらサイズの小型ドローンを起動させた。
ウィーン、と静かな音を立てて、ドローンが蔵の中を飛ぶ。
『なっ!? こ、この小鳥みてぇなカラクリは!』
玄が、本気で驚いている。
「こいつで上空から偵察する。俺のスマホでハッキングして、セキュリティも無力化する。江戸の技と、令和の技術。……両方使って、効率よく『仕事』するぞ」
『ほう……面白い! やってやろうじゃねぇか、小僧!』
俺たちの「現代の必殺仕事人」は、こうして武器を手に入れた。




