2-3:半人前の“仕事人”
「……わかったよ」
数日後。
俺は、詩織のアパートで、重い口を開いていた。
この数日、脳内の玄は「仕事がしてぇ」とうるさく、詩織は「それがあなたの運命です」と説教してくる。
就活は、もちろん手につかない。
面接中に玄が「テヤンデェ!」とか叫びだしたら即終了だ。
もう、腹をくくるしかなかった。
「ただし、条件がある」
俺は詩織と、脳内の玄に向かって宣言した。
「殺しは、絶対にやらない」
『チッ。甘っちょろい』
「うるせぇ! これだけは譲れねぇ。俺は殺人犯になりたくねぇんだよ」
俺は続けた。
「いいか。やるとしても、連中の悪事の証拠を掴んで、警察に突き出すだけだ。それなら、まぁ、ギリギリ……社会貢献、だろ」
『……フン。まぁいい。殺さぬ“仕事”とやらは面倒だが、体をナマらせるよりはマシか』
玄は、不満そうだが、一応の了承はしたらしい。
「決まりですね」
詩織は、待ってましたとばかりに、タブレットを取り出した。
(こいつ、スマホだけじゃなくタブレットまで……宮司の家系とは?)
「最初の『仕事』です。ターゲットは、高齢者を狙う悪質なリフォーム詐欺グループ『ホームライフエイド』」
画面には、会社のロゴと、人の良さそうな笑顔の社長の写真。
「この連中、うちの近所でも有名だぜ。床下に湿気があるとか嘘ついて、無意味な換気扇を数百万で売りつけるヤツらだ」
「はい。ですが、巧妙に契約書の体裁を整えており、警察も『民事不介入』で動けません。これが、被害に遭ったお婆さんからの『恨み』です」
裏サイトには、「息子夫婦が貯めてくれた老後の金が全部無くなった。あの男の笑顔が憎い」と書かれていた。
「……よし。そいつらのアジト、特定する」
ここからは、俺の出番だ。
就活で鍛えた(?)情報収集能力を、初めてまともな(?)方向に使う。
「まず、会社の登記情報を洗う。……ビンゴ。代表の住所、浅草の近くだ。次に、この社長の名前でSNSを検索。裏アカ発見」
俺がスマホを操作し、玄が脳内で指示を出す。
『小僧、この写真……妙な気配がするな』
「あ? ああ、こいつが仲間と飲んでる写真か。背景の看板……このスナック、知ってるぞ。アジトはこの近くだ!」
俺の現代知識と、玄の超自然的な気配察知能力(?)。
俺たちは、妙なコンビネーションを発揮し、わずか1時間で詐欺グループのアジト(雑居ビルの一室)を特定した。
その夜。
俺(の体を乗っ取った玄)は、ビルの屋上に立っていた。
「……本当に、殺さねぇだろうな」
『くどいぜ、小僧。峰打ち(みねうち)だ、峰打ち』
「今の時代、刀なんかねぇだろ!」
『手刀で十分だ』
玄は、開いていた窓から、音もなくアジトに潜入する。
中は、典型的な詐儀のコールセンターだった。
バイト数人が電話をかけ、奥の事務所では幹部らしき男たちが酒盛りをしている。
「見つけたぜ。あの笑顔の社長だ」
『どれだ?』
「一番奥で、札束数えてるデブだ!」
『承知した』
玄が動いた。
俺には、何が起きたかよく分からなかった。
「な、なんだテメェ!」
バイトが立ち上がる。
ドンッ!
玄(俺)は、バイトの腹に正確な掌底を叩き込む。
「ぐふっ」
バイトは、声もなく床に崩れた。
「て、敵襲!」
幹部たちが慌てて立ち上がる。金属バットを手に取ったヤツもいる。
『面倒だ』
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
玄は、テーブルにあったボールペンを三本掴むと、それを投げつけた。
ボールペンは、残りの幹部三人の肩と太ももに、正確に突き刺さる。
「ぎゃああああ!」
「い、痛てぇ!」
もちろん、急所は外してある。
だが、激痛で動くことはできない。
『さて、大将はテメェか』
玄は、札束を抱えて震える社長の前に立った。
「
ひ、ひぃ! か、金か!? 金ならやる!」
「いらねぇよ、そんな汚ねぇ金」
バキィッ!
社長の顎に、強烈なアッパーカット。
デカい体が宙に浮き、そのまま白目を剥いて気絶した。
「……終わったか」
(す、すげぇ……)
俺は、自分の体の強さに呆然とする。
玄は、ボヤいた。
『チッ。やはり、殺さぬ“仕事”は、後腐れが面倒だ』
俺は、玄に指示を出す。
(おい! 証拠、証拠! 奥のパソコンと、金庫の中の顧客リストだ!)
玄は、言われた通りに金庫を(素手で)こじ開け、契約書と顧客リストのデータを奪い、パソコンのハードディスクを物理的に破壊した。
「よし、ずらかるぞ!」
『おうよ』
俺たちは、通報が来る前にアジトを後にした。
証拠のデータは、詩織が「匿名で警察とマスコミに送っておきます」とクールに請け負った。
数日後。
例の詐欺グループは、大々的に摘発された。
俺は、アパートの自室から、そのニュースを見ていた。
(……これで、よかったのか?)
人助け、と言えば聞こえはいい。
だが、やったことは暴行と窃盗だ。
俺は、就活生から、犯罪者に片足を突っ込んでしまった。
その時、俺は近所の公園を通りかかった。
ベンチで、あのお婆さん(被害者)が、娘らしき女性と電話していた。
「……そうなのよ! お金、少しだけど戻ってくるって! ああ、よかった……本当に、神様が見ててくれたんだわ……」
涙ぐみながら、安堵する姿。
(神様、ね……)
その神様は、俺の中にいる、口の悪い暗殺者だ。
俺は、なんとも言えない複雑な心境で、その場を後にするしかなかった。
『フン。悪くねぇ気分だろ、小僧?』
玄が、脳内でニヤリと笑った気がした。




