12-2:“江戸OS”の壁
「霧島さん! 詩織が送ったデータ(ワクチン)は!?」
俺は、横たわる亜美の肩を握りしめながら、叫んだ。
「アレがあれば、止められるんだろ!」
地下で、詩織が命懸けで送った「希望」だ。
あれで、なんとかなるはずじゃ……!
「……」
霧島さんは、俺の焦りを無視するように、自らのインカム(上級用)のスイッチを入れた。
通信相手は、この現場(大手町)じゃない。
俺たちの「会社(本社)」……サイバー・ガーディアンの中枢に残っている、バックアップ部隊だ。
「こちら霧島。第3ノード。本隊、聞こえるか。例の“データ”の解析状況を報告しろ」
『ザー……! 霧島さん!? 聞こえますか!』
インカムから、甲高い(かんだかい)声が響いた。
知ってる声だ。本社のシステム部にいる、オカルトマニアの先輩だ。
霧島さんが、忌々しそうに眉根を寄せる。
「(第11章で)巫女が送った“呪術データ(サンプル)”の解析は、どうなっていると聞いている!」
その問い(命令)に対し。
インカムの向こう側から返ってきたのは、俺たちの期待を叩き割る、絶望的な「悲鳴」だった。
『(悲鳴)ダメです、ボス! 無理です!』
「何がダメだ。簡潔に報告しろ」
『だ、だって……! このプログラム(呪い)、OSが“江戸”なんですよ!』
「……は?」
俺は、思わず間抜けな声を上げた。
OSが、江戸?
WindowsとかLinuxじゃなくて?
『ワケわかんないんですよ! 詩織さん(巫女)が送ってくれたデータ(サンプル)、現代のアーキテクチャ(設計思想)じゃ、逆コンパイル(翻訳・解析)すらできません!』
プログラマーの先輩は、半泣き(パニック)になりながら、マシンガンのようにまくし立てた。
「例えるなら、俺たち(現代)が量子コンピュータで解析しようとしてるのに、敵のコード(呪術)は“算盤と和紙”で組まれてる感じなんです!」
「仕組み(ロジック)が、根幹から、違いすぎる!」
「江戸時代の価値観と思想で最適化された呪術なんて、どうやって“ワクチン(対抗策)”を作れって言うんですか!」
「……」
霧島さんが、黙り込んだ。
あの霧島さんが、だ。
車内に、重い沈黙が落ちる。
モニターに映る「株価」の赤い数字だけが、無機質に点滅している。
(ウソだろ……)
俺の背筋を、冷たい汗が流れ落ちた。
(詩織が、命懸けで送ったデータが)
(“古すぎて”意味がない、だと?)
敵の呪術が、詩織の予想(ネットワークに流せる現代呪術)を、さらに超えていた。
黒幕が使っていたのは、「現代のネットワーク(インフラ)」を利用した、「江戸の呪術(OS)」だったんだ。
現代の技術では、解析すらできない、古の呪い。
「対抗ワクチン」が、作れない。
それはつまり。
俺たちには、もう、この東京を止める「手段がない」という、絶望的な事実だった。




