第12章 絶望的な戦況と“ワクチン”開発 12-1:東京パニック
「急げ! 負傷者どもを乗せろ!」
霧島さんの怒声が飛ぶ。
俺は意識のない亜美を横抱き(姫抱き、とは口が裂けても言えねえ)にしたまま、制圧チームが確保した黒い「装甲バン」の後部ハッチに滑り込んだ。
「ゲホッ……! ゲホッ……!」
肩を借りた詩織も、疲労困憊の身体で転がり込んでくる。
分厚い防弾扉が、重い音を立てて閉まった。
「発進させろ! 大手町に一番近い、第3ノードへ向かえ!」
霧島さんが運転席の制圧隊員に指示を飛ばす。
車が、唸りを上げて急発進した。
ガタガタと揺れる車内。
地下とは違う、アスファルトの硬い振動。
だが、外の景色は、さっき見た「黒雲」のせいで、夜明けだというのに薄暗い。
「(ハァ……ハァ……)亜美さんは……」
俺は、後部座席のベンチシートに、亜美をそっと横たえる。
呼びかけても、反応はない。荒い呼吸だけが、この装甲車の中で虚しく響いていた。
「……っ」
隣に座った詩織が、霊力を使い果たしたボロボロの身体で、気丈にも亜美の手首をとる。
「脈……いえ、霊脈は、かろうじて繋がってます。ですが、霊力の消耗が激しすぎて、魂が身体に戻ってこられない……!」
(つまり、霊力切れの「意識不明」ってことかよ……!)
俺が歯噛みした、その時だ。
バンの壁に設置された「車載モニター」が、現実の被害を映し出した。
『――臨時ニュースです! ただいま、午前7時30分現在、東京都内全域のATM(現金自動預け払い機)が、原因不明のシステムダウンにより、すべて停止している模様です!』
(なんだと……!?)
モニターに映し出されたのは、パニックに陥る都内の光景。
駅前、コンビニ、銀行。あらゆる場所で、人々がATMを叩き、駅員に詰め寄っている。
『同時刻、東京証券取引所のシステムが暴走! 株価は異常な暴落を開始しています!』
画面が切り替わる。
テレビ局のスタジオ。そこには、真っ赤な滝のように、ありえない速度で下落していく株価ボードが映し出されていた。
数字が、文字が、ノイズ(バグ)まみれだ。
「チッ……!」
俺の隣で、腕を組んでいた霧島さんが、深々と舌打ちした。
「黒幕の狙いは“日本円の信用破壊”だ」
「信用……破壊?」
「そうだ」
霧島さんは、あの不気味な黒雲が渦巻く「外」を見もせず、冷たく言い放った。
「カネの本質は『信用』だ。皆が『これは価値がある』と信じているから、ただの紙切れや電子データに価値が生まれる」
「あの黒幕は、その『信用』の“概念”そのものに、呪いをかけている」
霧島さんの冷たい目が、モニターに映る「紙くず同然の株価ボード」を捉える。
「このままでは、数時間で日本円が“呪われた紙くず”になるぞ」
「……っ!」
日本円が、紙くずになる。
その言葉の「重み」が、俺の腹にズドンと落ちてきた。
これはもう、オカルト(呪術)じゃない。
俺たちの日常が、今、リアルタイムで「破壊」されているんだ。




