第2章:俺の体、返してくれ 2-1:奇妙な同居人
「――ん……」
目が覚めると、見知らぬ天井が目に入った。
木の天井。古いけど、掃除は行き届いている。
消毒液と、線香みてぇな匂いが混じってる。
「……夢、か?」
昨夜の出来事。
就活全滅。
更地になった神社。
黒い影。
そして、地上げ屋どもを、俺の手が――。
ガバッ、と体を起こす。
「痛ってぇ……!」
全身が、あり得ないレベルの筋肉痛に襲われた。
昨日、あんな無茶苦茶な動きをしたせいだ。
「目が覚めましたか、浅河愁さん」
凛とした声。
見ると、部屋の隅で正座していた少女が、俺をまっすぐ見つめていた。
昨夜の、あの巫女装束みたいなセーラー服のヤツだ。
「お前は……! 昨日の……!」
「私は神楽坂詩織。あの玄夜神社の、宮司の家系です」
場所は、詩織の自宅らしい。古いが、小綺麗なアパートの一室だった。
介抱されたのか。
警察はどうなった?
俺が混乱していると、詩織は淡々と事実を告げた。
「単刀直入に言います。あなたは、あの神社に祀られていた鬼神・玄様に憑依されました」
「……は?」
「あなたの体は、もうあなただけのものではありません。鬼神様の“器”となったのです」
……何言ってんだ、こいつ。
鬼神? 憑依?
令和のこの時代に、そんなオカルト。
『フン。オカルトとは失敬な小僧だな』
「――!?」
まただ。
頭の中に、あのドスの効いた声が響く。
『俺だよ、俺。テメェの“中”だ』
「だ、黙れ! 出てけ! 俺の頭から出てけよ!」
俺が頭を抱えて叫ぶと、詩織が憐れむような目で俺を見た。
「無駄です。玄様は、あなたの意識の奥深くに定着してしまいました。……もはや、同居人のようなものです」
『その通りだ、神楽坂の小娘!』
玄は、脳内で得意げに笑う。
『改めて名乗ってやる、小僧。俺は玄。江戸の昔から、法で裁けねぇ悪党どもの“恨み”を晴らしてきた者よ』
「恨みを晴らす……?」
訳が分からねぇ。
なんだよ、それ。時代劇か?
『そうだ。そして、久方ぶりにシャバに出たら、どうだ。この時代も、晴らすべき“悪”の匂いがプンプンしやがる!』
玄の声は、どこか楽しそうだ。
だが、俺はまっったく楽しくない。
「冗談じゃねぇぞ! 誰がテメェなんかに……!」
俺は詩織に詰め寄った。
「おい、あんた! 神社の関係者なら、こいつをどうにかしろよ! 除霊とか! お祓いとか!」
「無理です」
詩織は、即答した。
「は?」
「玄様は、単なる悪霊ではありません。人々の『恨み』を糧とする、荒ぶる神の一種。そして、あなたの鬱屈した感情と、完全に同調してしまった。……今のあなたと玄様は、切り離せない状態です」
「なっ……!?」
俺の鬱屈した感情?
就活がうまくいかねぇことか?
思い出の神社が壊されたことか?
『そういうこった、小僧』
玄が、俺の意識に語りかける。
『テメェの「世の中クソだな」って気持ちは、上等な蜜の味だったぜ。おかげで、最高の器が見つかった』
「ふざけんな! 俺は! 俺は就活中なんだぞ!」
俺の絶叫が、アパートの部屋に響いた。
「内定もらって、普通にサラリーマンになって、平穏に暮らしたいだけなんだ! なんで俺が、神様だか暗殺者だか知らねぇヤツの器にならなきゃいけねぇんだよ!」
そうだ。
人を殴った。いや、殴らされた。
あんなバケモノみたいな強さで。
昨夜は混乱してたけど、一歩間違えば、俺が人殺しになってたかもしれねぇんだぞ。
「殺人なんて無理だ! 絶対にやらねぇからな!」
『フン。甘っちょろいこって』
「うるせぇ!」
俺は、この最悪な同居人から逃れる術がないことを悟り、その場で膝から崩れ落ちた。




