9-8:介抱(かいほう)とフラグ
「――港区、旧○○ビル、地下……」
場所を特定した、その一言が最後だった。
プツリ、と糸が切れたように、詩織の体から力が抜ける。
「おわっ!?」
俺が握っていた手が引っ張られ、彼女の体が、そのまま俺の腕の中に倒れ込んできた。
「おい、詩織! 大丈夫か!?」
慌てて、その華奢な肩を抱きとめる。
近い。
いつもの、結界のような冷たい空気が消え、汗の匂いと、シャンプーの微かな香りが鼻を掠めた。
「無茶しすぎだろ! 馬鹿野郎!」
俺は、思わず叫んでいた。
腕(うde)の中の彼女は、とんでもなく軽く、そして熱かった。霊力を限界まで使い果たした、危険な熱だ。
「……はぁ……はぁ……」
詩織は、俺のパーカーの胸元を弱々(よわよわ)しく掴んだまま、息も絶え絶えに目を開けた。
いつも俺を射抜くような強い光はなく、焦点の定まらない、潤んだ瞳が、そこにあった。
「……あなた(玄の器)を、守るのも……」
「……」
「……巫女の、役目……ですから……」
それだけ言うと、彼女は安心したように、ついに意識を手放した。
スースーと、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「……っ!」
俺は、言葉を失った。
いつも、俺の一歩前を歩き、「監視役です」と突っ張ねていた彼女。
その詩織が初めて見せた“弱さ”と、命がけの“覚悟”に、俺の心臓が、うるさいくらいに鳴っていた。
『……フン。小娘が、可愛いげのあることを言ってくれるじゃねえか』
脳内の玄が、どこか呆れたように、だが少しだけ優しい声で呟いた。
ノートPCの画面の奥で、霧島がこの少女漫画みてぇな光景を黙って見ていることにも気づかず、俺はしばらく、腕の中の巫女を抱きしめたまま、動けなかった。




