俺たちは、喫茶スペースの奥にある座敷――俺の家の、生活スペースでもある畳の部屋に移動した。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、空気がピリッと張り詰める。
詩織は、学生鞄から手早く道具を取り出した。
清めの塩で畳の上に円を描き、その四方に数枚の御札を立てる。
即席だが、強力な結界だ。
「愁さん」
詩織が、結界の内側から俺を見上げた。その顔に、いつもの余裕はない。
「これから私は、完全に無防備になります。この結界の守りを、玄様の力で、増幅してください」
『……チッ。本当に無茶をしやがる、この小娘は』
脳内で玄が舌打ちするが、同意の証か、俺の体に鬼神の力が漲り始める。
俺は、詩織が座る結界の外に、仁王立ちになった。
開いたままのノートPCからは、霧島が、この異様なオカルト儀式の一部始終を、値踏みするように「監視」している。
準備が整った。
詩織は結界の中で正座し、スッと目を閉じた。
部屋の空気が、さらにシンと静まり返る。
彼女の唇から、祝詞が紡ぎ出される。
それは、いつもの祓いの言葉とは違う、もっと古く、神の道を問うような、厳かな響きだった。
祝詞が最高潮に達した瞬間。
詩織の体が、ピクリと軽く痙攣した。
『……行きやがった』
玄が、低く呟く。
彼女の意識が、肉体を離れたのだ。
だが、その行く先は、俺たちが使うインターネット(物理回線)ではない。
呪いと呪いが繋がり合ってできた、もう一つの電脳世界。
あの悪党どもが作り上げた、汚れた「霊的なネットワーク」へと、彼女はたった一人で“ダイブ”した。