7-2:巫女(みこ)の“目(め)”
空気が、凍てついた。
いや、マジで物理的に温度が五度は下がった。
俺は、自分の実家の、馴染み深い和みの空間が、一瞬にして異様な緊張に包まれたのを肌で感じていた。
詩織は、ドアを開けた時の姿勢のまま、その場に硬直している。
いつもの、クールビューティーな「監視役」の顔じゃない。
彼女の目は、俺を素通りし、その向こう側――悠然と湯呑を持つ男、霧島さんに、釘付けになっていた。
まるで、信じられないもの、あるいは、あってはならないものを目撃してしまったかのように、その黒い瞳がわずかに揺れている。
(……なんなの、この男……!?)
詩織の内心の叫びは、俺には聞こえない。
だが、彼女にだけ見えている世界が、そこにはあった。
彼女の「霊感」が、霧島という人間の“皮”を透かし見て、その中に渦巻く「異質な霊気」に焼かれていた。
(この霊気……! 愁さんに憑いてる鬼神様とも、先日の地縛霊とも全く違う……!)
(“器”じゃない。あの男自身から、この圧が出てる……!?)
(これは……まるで、鍛え上げられた“法力”……! しかも、系統が神道と違う……!?)
詩織が霊的なプレッシャーで硬直しているその間、俺の中の玄もまた、別の角度から「匂い」を嗅ぎ取っていた。
『……小僧』
玄の声が、脳内で低く響く。
(どうした、玄さん? 詩織のヤツ、様子が変だ)
『あの女の小娘のことは知らん。だが、あの男』
玄の意識が、霧島に集中する。
『……こいつァ、江戸にいた“御庭番”の連中と、似た匂いがするぜ』
(御庭番? 忍者みたいなヤツらか?)
『諜報、監視、そして時には暗殺も。公儀(お上)のために、平然と“裏”の汚え仕事をこなす連中だ』
玄が、吐き捨てるように言った。
『……ああ、実に気に食わねぇ、同類の匂いだ』
一つ屋根の下。
異質な法力を持つ「表の裏組織」の男。
鬼神を監視する「巫女」。
そして、鬼神に憑かれた俺。
霧島は、そんな俺たちの内情など知るよしもなく(……いや、絶対この空気を楽しんでる)、ニコリと笑ったまま、詩織に話しかけた。
「やあ、こんばんは。愁くんの“お友達”かな?」
その、全く悪意のない「表」の言葉が、逆にこの場の異常さを際立たせていた。




