第7章:黒幕(ハッカー)は誰だ 7-1:上司(じょうし)の「視察(しさつ)」
「――ごちそうさま。うん、ここの餡は絶品だ」
カチャン、と高価そうな腕時計が覗く手首が、湯呑を置いた。
場所は、俺の実家、和菓子屋『あさかわ』のイートインスペース。
時刻は、閉店後の午後7時。
俺の目の前で、上品に豆大福を食っていたのは、俺の上司、霧島さんだった。
(……なんでこの人が、ここに居るんだよ!)
あの地縛霊事件から数日。
後処理の報告は会社でしたはずなのに、「美味い和菓子の店を知ってるんだろ? 案内しろ」と、半ば強引にここまで連れてこられたのだ。
「例の現場、ネットワーク“も”、完全に復旧したそうだな」
霧島は、俺が提出した報告書(もちろん全部デタラメ)には一切触れず、意味深に笑った。
「ご苦労、浅河くん。おかげで帝都建設からは、追加のコンサル料がっぽりだ」
「は、はぁ……(この人、絶対“こっち側”のこと知ってて楽しんでやがる……!)」
『フン。気に食わねぇ男だ』
脳内の玄が、不機嫌そうに吐き捨てる。
『狐みてぇな目をしやがって。こんな奴を“上司”と呼ばなきゃなんねぇとは、サラリーマン稼業も大変だな、小僧』
(全く同感だよ……)
俺が、どうやってこの胡散臭い上司を追っ払おうか考えていた、その時だった。
チリン、と、閉店したはずの店のドアベルが鳴った。
「すいません、愁さん。昨日の件ですが……」
入ってきたのは、神楽坂詩織。
いつものクールな表情で、タブレットを抱えている。
昨日、ネットの「恨み箱」に入った、次の“仕事”の相談に来たのだ。
(うわあああああ! 最悪のタイミング!)
詩織は、店の奥、俺の向かいに座る、見知らぬ男――霧島――に気づき、ピタリと足を止めた。
その目が、一瞬で「監視役の巫女」の鋭い目に変わる。
「……お客さま、ですか?」
「ああ、彼女は?」
霧島も、値踏みするように詩織を見た。
鋭い「表の裏組織の男」の視線と、
冷たい「裏の仕事の巫女」の視線。
俺の実家のイートインスペースで、二つの異質な気配が、火花を散らした。
「(……なんで、俺の日常って、こうなんだよ!!)」
俺は、二人の間で、冷たい汗をかくことしかできなかった。




