6-6:“ヌシ”の顕現(けんげん)
その夜。時刻は丑三つ時(深夜2時)。
俺と詩織は、再び工事現場のフェンスを乗り越えていた。
昼間の喧騒が嘘のように、現場は不気味な静けさに包まれている。
「……来ます」
詩織が、緊張した声で警告した。
場所は、あの埋められた古井戸の上だ。
ゴゴゴゴゴ……!
突如、地面が激しく振動し始めた。地震じゃない。局所的な、“何か”が這い出してくる振動だ。
厚いコンクリートの床が、まるで薄氷のように内側から砕け散る。
「うわっ!?」
噴き出したのは、地下水じゃない。
視界を埋め尽くすほどの、ドス黒い、濃密な「霧」だった。
『――我が住処を荒らすな、人間どもめ!』
霧が渦を巻き、巨大な人の形――いや、泥人形のような異形へと姿を変える。
それが、この土地の“ヌシ”。古来よりここに根付く、強力な地縛霊だ。
「なっ……あれは!?」
俺は絶句した。
泥のような霊体の表面に、苦悶の表情を浮かべた「人の顔」が、いくつも浮かび上がっては消えていく。
失踪した作業員や、ホームレスの人たちだ!
「取り込まれています! 生きた人間を力の源にしているんです!」
詩織が叫び、即座に数枚の御札を投げた。
「波阿弥の結界、展開!」
青白い光の壁が、俺たちとヌシの間に展開される。
だが、ヌシが泥の腕を一振りしただけで。
パリーン!!
「きゃあっ!?」
分厚いガラスが割れるような音と共に、詩織の結界は粉々に砕け散った。
(マジかよ! あの詩織の結界が、一撃で!?)
『小僧、ボサッとするな! 来るぞ!』
玄が、俺の意識を強制的に切り替える。
『――オラァ!』
俺(玄)は、真正面からヌシの懐に飛び込んだ。
渾身の右ストレート。コンクリートブロックすら粉砕する、鬼神の一撃だ。
だが。
スカッ――。
拳は、ヌシの体を、何の抵抗もなくすり抜けた。
まるで煙を殴ったみたいだ。
『なっ!?』
勢い余って体勢を崩した俺を、ヌシの裏拳が襲う。
ドガァッ!
「ぐはっ……!」
物理攻撃は通じないのに、向こうの攻撃はしっかり物理的な衝撃をもって俺を吹き飛ばした。
資材置き場に突っ込み、鉄パイプが崩れてくる。
(いってぇ……! なんだよアイツ、反則だろ!)
俺は痛む体を起こし、泥の巨体を見上げる。
『チィッ! 厄介だぜ!』
脳内で、玄がギリリと歯噛みする音が聞こえた。
『こいつは純粋な霊体の塊だ。生身の肉体に入った今のワシじゃ、“刃”が通りゃしねえ!』




