26-2:聖水砲(ホーリー・キャノン)
ギャギャギャギャギャッ……!!
タイヤが白煙を上げ、数トンの水を積んだ巨体が横滑りする。
霧島は、大型トラックをドリフトの勢いのまま、ヘドロの巨人の真正面、わずか数メートルの距離に強引に横付けした。
正面衝突ギリギリのチキンレース。
だが、その計算され尽くした停止位置は、荷台の放水銃にとって「最高の射撃ポジション」だった。
「ここだ」
霧島は、ハンドルから手を離すと、冷徹に告げた。
「詩織、放水開始!」
「はいっ!!」
助手席の詩織が、コンソールパネルの安全装置を解除し、発射トリガーに指をかけた。
彼女の全身から、青白い燐光のような霊気が立ち昇る。
背後のタンクに満たされた数トンの水――科学的に精製された「超純水」が、彼女の祈りと共鳴し、振動を始める。
「天地の穢れ……!」
詩織の声が、凛と響いた。
「――『祓いたまえ、清めたまえ』!!」
ズドォォォォォォンッ!!
トリガーが引かれた瞬間、トラックの車体が反動で大きく沈み込んだ。
ルーフ上の放水銃から噴出したのは、液体とは思えないほど高密度のエネルギー流だった。
青白く発光する「簡易聖水」が、極太のレーザービームのような激流となって、ヘドロの巨人の胴体へと突き刺さる。
ジュワァァァァァァァァァッ!!!!
着弾した瞬間、凄まじい音が響き渡った。
それは水が弾ける音ではない。
高熱のフライパンに氷水を叩きつけたような、爆発的な「蒸発音」だった。
「ぐ、あ……ッ!?」
巨人の胸部に埋まっていた毒海が、目を見開いた。
「な、なんだこれは!? 熱い!? 熱い、熱いぃぃ!!」
毒海が絶叫し、自身の身体を掻きむしる。
聖水が直撃した巨人の胴体から、ドス黒い汚泥が急速に色を変えていく。
黒から、灰色へ。そして、乾いた白へ。
ボロボロ、ガラガラ……!
ヘドロが水分と粘性を失い、風化した石膏のようにひび割れ、剥がれ落ちていく。
それは、彼の自慢である「再生能力」が機能していないことを意味していた。
「水なのに……なぜ焼ける!? 私は水だぞ!? なぜ水で火傷をするんだァッ!!」
毒海は混乱の極みにあった。
彼の肉体は、水と毒の融合体だ。水攻めなど、彼にとってはエネルギー補給にしかならないはずだった。
それが、なぜ硫酸を浴びたように体が溶け、焼けるのか。
「分からないか。……だから三流なんだ」
運転席の霧島が、パニックに陥る毒海を冷ややかに見上げた。
彼はタブレット端末に表示された、毒海の身体組織が崩壊していくデータを満足げに眺めながら、講義でもするように解説を始めた。
「浸透圧と、霊的拒絶反応だ」
「し、浸透圧……だと……?」
「ああ。貴様の体は、様々な菌や毒物、汚泥をごちゃ混ぜにした『不純物の塊』だ。……対して、私が用意した聖水は、不純物ゼロの超純水」
霧島は、理路整然と、残酷な事実を突きつけた。
「濃度の違う液体が接触すれば、均衡を保とうとして急激な移動が起きる。……純度100%の聖水は、貴様の汚れた細胞膜を強引にこじ開け、内部から破壊し、洗い流す」
科学的な「浄化」。
そこに、詩織の霊力による「破魔」の効果が加わる。
「貴様にとって、この清らかな水は……濃硫酸も同然だ」
「が、あああああああっ!!」
毒海の悲鳴が断末魔のように響く。
聖水を浴びた部分から、彼の絶対的な防御手段であった「液状化能力」が失われていく。
逃げようとガス化を試みるが、白い蒸気となって霧散するだけで、形を保てない。
再生しようと周囲のヘドロを集めても、聖水の浄化力が防壁となって弾き返してしまう。
「固まる……! 私の体が……動かないッ!」
ガガガガッ……!
巨人が完全に停止した。
全身が白く変色し、無数の亀裂が走るその姿は、もはや脅威ではない。
ただの巨大で、脆い「泥人形」へと劣化していた。
毒海は、胸部から上半身だけを出した状態で、下半身を巨人と一体化して硬化させられ、完全に身動きが取れなくなっていた。
「く、そぉぉ……! なぜだ……! 私の最高傑作が……ただの水ごときにぃぃ!」
「ただの水ではないと言ったはずだ。……それは、お前が汚したこの街の怒りそのものだ」
霧島は、葉巻を取り出し、カチリと火をつけた。
紫煙を吐き出し、荷台の上で待機する「破壊者」へと視線を送る。
「仕上げだ、愁。……詩織、凍結準備」
「はい!」
聖水による「固定化」は完了した。
次は、完全に動きを封じる「凍結」と、とどめの「粉砕」だ。
科学と呪術の連携が生んだ必殺の布陣が、毒海を逃げ場のない詰み(チェックメイト)へと追い詰める。




