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第26章:隅田川の大洗濯(クリーニング) ~科学的聖水 vs 呪術的汚泥~ 26-1:汚染源へのドリフト


ブォォォォォォォンッ!!


早朝の静寂を引き裂く、重低音のエンジン音。


霧島京也がハンドルを握る大型給水タンクトラックは、猛スピードで隅田川沿いの産業道路を爆走していた。


荷台の上の俺――浅河愁と亜美は、手すりにしがみつきながら、風圧と戦っていた。


「お、おい! 霧島さん飛ばしすぎだろ!」


「舌噛まないでね、亜美!」


タイヤが砂利を跳ね上げ、車体が大きく揺れる。


だが、運転席の霧島に減速する気配はない。


目指すは、汚染反応が最大値を示している下水処理場の広大な敷地。


そこはもう、すでに「陸」ではなかった。


「……なんだ、ありゃあ」


目的地が見えてきた瞬間、俺は息を呑んだ。


処理場の敷地全体が、蛍光色の緑と毒々しい紫のヘドロで冠水し、巨大な沼地のようになっている。


そして、その中央にそびえ立っていたのは――。


「ようこそ。……懲りずに来ましたか、実験動物ども」


ズズズズズ……ゴポッ……!


沼の中から、ドス黒い汚泥が巻き上がり、巨大な「人型」を形成していた。


身長は優に10メートルを超えているだろうか。


全身が腐ったヘドロと溶解した瓦礫で構成された、醜悪な巨人。


その胸部あたりに、白衣を着た本体――「毒海どっかい」の上半身が埋まり込み、操縦席のようにこちらを見下ろしていた。


「デカすぎだろ……!」


(小僧! 気をつけろ! あのデカブツ自体が猛毒の塊だ!)


玄さんの警告が響く。


あんなものに触れれば、ナノマシンで強化された今の俺でも、骨まで溶かされる。


「素晴らしいでしょう?」


毒海が、ヘドロの巨腕を広げた。


その声は、巨人全体から共鳴するように響いてくる。


「川底の汚泥と、私のガス状ボディを融合させました。……これぞ『汚染巨人スラッジ・ゴーレム』。この一撃で、あなたたちも、その可愛いトラックも、まとめて溶かしてあげましょう!」


毒海が右腕を振り上げた。


それに呼応して、周囲の毒沼が隆起し、巨大な津波となってトラックに襲いかかろうとする。


ザバァァァァァァッ!!


高さ5メートルのヘドロの壁。


逃げ場はない。


左右は瓦礫の山。後ろに下がる時間もない。


真正面から突っ込んでくる質量と毒の暴力。


「うわぁぁっ! 来るよ!」


亜美が悲鳴を上げ、俺の背中にしがみつく。


「霧島さん! 避けきれねえぞ!」


俺が荷台から運転席の天井を叩く。


だが。


運転席の霧島は、バックミラー越しに冷徹な眼差しを向けただけだった。


「騒ぐな。……舌を噛むぞ」


次の瞬間。


霧島は、アクセルをベタ踏みしたまま、ハンドルを右に切り、同時にサイドブレーキを引いた。


ギャァァァァァァァァァッ!!


鼓膜をつんざくスキール音。


白煙を上げてタイヤが悲鳴を上げる。


数トンの水を積んだ巨大なタンクトラックが、物理法則を無視した挙動で、車体を真横に向けたのだ。


「なっ……!?」


助手席の詩織が、窓枠にしがみつきながら目を剥く。


「ド、ドリフトォォッ!?」


そう。


霧島は、この重量級のトラックで、華麗なドリフト走行を決めたのだ。


遠心力で車体がきしみ、横転寸前まで傾く。


俺と亜美は、空中に放り出されそうになる体を、霊力で足裏を吸着させて必死に耐える。


ドッパァァァァァンッ!!


直後、毒海の放ったヘドロの津波が、トラックの左側面スレスレを通過した。


通過した場所のアスファルトが、瞬時にジュウジュウと音を立てて溶解し、巨大なクレーターを作る。


もし直撃していたら、トラックごと俺たちは跡形もなく溶けていただろう。


「捕まってたまるか」


霧島は、表情一つ変えずにカウンターを当て、スライドする車体を制御した。


タイヤがグリップを取り戻し、トラックは再び猛然と加速する。


「な……にいっ!?」


巨人の胸部で、毒海が目を見開く。


まさか、鈍重なタンク車であの広範囲攻撃を回避されるとは思わなかったのだろう。


「おいおいおい! 嘘だろあの社長!」


俺は冷や汗を拭った。


今の動き、プロのスタントマンでも無理だぞ。


一体どんな人生を送ってきたら、あんな運転技術が身につくんだ。


(カカッ! やるじゃねえか、若旦那!)


玄さんは楽しそうに笑っている。


(あの冷静なツラの下に、とんでもねえ暴れ馬を飼ってやがるぜ!)


トラックは、汚染された敷地内をスラローム走行で駆け抜け、毒海の懐――放水射程距離へと肉薄していく。


「詩織! 準備はいいか!」


霧島が叫ぶ。


「は、はい! いつでも放水けます!」


助手席の詩織が、青ざめた顔で放水銃のコントローラーを握りしめる。


恐怖よりも、霧島の無茶苦茶な運転に酔いそうだ。


「愁、亜美! 振り落とされるなよ! ここからが本番だ!」


霧島は、トラックを毒海の真正面に急停車させた。


キキィィッ!


目の前には、見上げるようなヘドロの巨人。


その全身から噴き出す瘴気が、俺たちの肌をビリビリと刺激する。


「よくも……私の実験場を荒らしてくれましたね……!」


毒海が激昂し、両腕を振り上げる。


周囲の毒沼が渦を巻き、さっきよりも巨大な波を起こそうとしている。


「黙れ、汚物」


霧島は、窓から身を乗り出し、傲然と言い放った。


「その薄汚い体……まとめて洗濯クリーニングしてやる」


「詩織、撃てェッ!!」


「はいっ! ……『聖水ホーリーウォーター』、放水ッ!!」


詩織がトリガーを引く。


トラックの上部に設置された放水銃が火を噴いた。


いや、噴き出したのは火ではない。


キラキラと七色に輝く、科学と呪術の結晶――超高純度の聖水だ!


反撃の狼煙のろしが上がった。


科学的聖水 vs 呪術的汚泥。


隅田川を賭けた、最後の大洗濯が始まる!

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