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25-6:聖水作戦会議


ジャリッ……。


店先に、革靴が砂利を踏む音が響いた。


無菌テントのファスナーが開き、夜の冷気と共に、消毒液と葉巻の混じった独特の匂いが流れ込んでくる。


「……戻ったか」


入ってきたのは、霧島京也だった。


彼は、手術台の上で上半身を起こしている俺――浅河愁の姿を見ると、口の端をわずかに歪めて、満足げに頷いた。


「いいザマだな、浅河。……地獄の淵から這い戻った気分はどうだ?」


「……最悪だよ。三途の川で、あんたに借金返せって怒鳴られる夢を見た」


俺は、まだ痺れの残る右腕を握りしめながら、憎まれ口を叩いた。


だが、その声には確かな生気が戻っていた。


「上出来だ。……詩織、亜美、よくやった」


霧島は、疲労困憊の二人の少女に短く労いの言葉をかけると、部下に指示してホワイトボードを持ち込ませた。


ここからは、感傷の時間ではない。


反撃のための、冷徹な「ビジネス」の時間だ。


「単刀直入に言う。……奴を殺す算段はついた」


霧島の言葉に、俺たちの空気が張り詰める。


「本当ですか、霧島さん!?」


「ああ。わざわざドブ川まで出向いて、データを取ってきた甲斐があった」


霧島は、黒のマーカーを手に取り、ホワイトボードにサラサラと化学式のようなものを書き殴った。


そして、その中央に大きく、こう書いた。


聖水ホーリーウォーター


「聖水……? 吸血鬼じゃあるまいし、そんなものが効くのか?」


俺が眉をひそめると、霧島は「文系はこれだから困る」と言わんばかりに鼻を鳴らした。


「比喩だ。……だが、理屈は通る」


霧島は、毒海どっかいの似顔絵(簡素なガスマスクの図)を描き、それを指し棒で叩いた。


「奴の能力の本質は『流動体』だ。水にも、ガスにもなれる。だから物理攻撃(斬撃)も、霊的攻撃(呪術)も、すべて“受け流して”無効化する」


「ああ、痛いほど味わったよ。……斬っても斬っても、煙みたいに消えちまう」


「だが、奴の体にも弱点はある。……私が部下に撃たせた『対霊弾』が着弾した瞬間、奴のガス状の体が、一瞬だけ白く濁り、再生が遅れた」


霧島は、鋭い眼光で俺たちを見渡した。


「なぜだか分かるか?」


「……拒絶反応、ですか?」


答えたのは、詩織だった。


「ご名答。……奴の正体は、汚染物質と呪いの集合体――つまり『純度100%の汚れ』だ」


霧島は、ホワイトボードに『汚れ ⇔ 清浄』という対立図を描いた。


「不純物が混じった溶液に、極めて純度の高い清浄な物質を投入するとどうなるか。……化学反応アナフィラキシーを起こし、急激な凝固や沈殿が発生する」


「つまり……?」


「奴にとって、高純度の“清浄な水”は、ただの水ではない。存在そのものを否定する猛毒であり、身体の流動性を奪う『凝固剤』になるということだ」


霧島は、結論を叩きつけた。


「高圧放水で、聖水を奴に浴びせる。……中和反応を起こした奴は、ガス化も液状化もできず、一時的にドロドロの“個体”として固定されるはずだ」


なるほど。


物理攻撃が効かないなら、効く状態(個体)に無理やり引きずり降ろせばいい。


「ですが、そんな大量の“聖水”なんて……」


詩織が不安そうに言う。


「私の霊力は、さっきの治療でほとんど空っぽです。コップ一杯作るのが限界です……」


「心配無用だ。……リソース(資源)なら、ここにある」


霧島は、窓の外――トラックの荷台に積まれた、山のようなミネラルウォーターの箱を指差した。


「あれは、ただの水ではない。私が世界中の湧水地から厳選し、弊社のプラントで徹底的にろ過・精製した『超純水』だ。……不純物ゼロ。科学的に最も美しい水だ」


霧島は、ニヤリと笑った。


「詩織。お前は、このトラックの水タンクに、お前の祝詞コードを上書きするだけでいい。……質は私が保証する。お前は“神の息吹”という最後のスパイスを加えるだけで、数トンの聖水が完成する」


科学による純度と、呪術による聖性。


その二つを掛け合わせた、対・毒海専用の最終兵器。


「……やれます。それなら、今の私でも!」


詩織の瞳に光が戻る。


手順プロセスを確認する」


霧島は、ホワイトボードに『1・2・3』と番号を振った。


1.散水(霧島)


「まず、私が用意した高圧放水車で、奴に特製の聖水を浴びせる。これで奴の防御(流動化)を剥がし、実体化させる」


2.凍結(詩織)


「次に、詩織。……お前が動きの鈍った奴を、霊術で凍らせろ。完全に動きを封じ、逃走経路を断て」


3.粉砕(愁)


「そして最後は……」


霧島が、俺を見た。


「……俺が、砕く」


俺は、拳をバチリと鳴らした。


「そうだ。……物理的に固定された奴なら、お前の剣技が通る。……魂ごと、微塵切りにしてやれ」


完璧な布陣だ。


科学(霧島)、呪術(詩織)、武力(愁)。


俺たち全員の力を合わせなければ、あの化け物は倒せない。


(……カカッ! 面白くなってきやがった!)


俺の中で、玄さんが武者震いをする気配がした。


(水も空気も斬れねえが……氷なら斬れる。石なら砕ける。……単純明快だ)


「作戦開始は?」


「夜明けと共に」


霧島は、東の空を指した。


空が、わずかに白み始めている。


「奴は、あと2日で街が死滅すると高をくくっているはずだ。……その慢心こそが最大の隙だ」


霧島は、新しい葉巻を取り出し、カチリとライターで火をつけた。


「行くぞ。……浅草の水を汚した代償を、たっぷりと支払わせてやる」


俺たちは立ち上がった。


ライフラインは断たれ、身体はボロボロだ。


だが、俺たちの目には、勝利への確かな道筋が見えていた。


夜明けのロジスティクス。


反撃の準備は、整った。

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