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25-4:スカウティング(霧島 vs 毒海)


ピッ、ピッ、ピッ……。


無菌テントの中で、生体モニターの電子音が規則正しいリズムを取り戻し始めた。


亜美の聴覚によるウイルスの特定。


詩織の霊術によるピンポイント焼却。


そして、霧島が投入した数百万ドルのナノマシン。


三位一体の処置により、愁の心臓を蝕んでいたドス黒い紋様は、一時的に活動を停止した。


「……バイタル安定。これなら、朝までは持ちます」


詩織が、崩れ落ちるようにその場に座り込む。


霧島は、手袋を脱ぎ捨て、額の汗を拭うこともなく冷ややかに愁の寝顔を見下ろした。


「ふん。悪運の強い男だ」


彼は上着を羽織り、懐から葉巻を取り出しながら、テントの外へと歩き出した。


「霧島さん? どちらへ?」


「少し、出かけてくる」


霧島は振り返らずに言った。


「守るだけではジリ貧だ。……敵の“検体”を採取しに行く」


店の外には、完全武装したサイバー・ガーディアン社の特殊部隊が待機していた。


霧島はその中から数名を選抜し、装甲バンへと乗り込んだ。


「目標地点は、下水処理場の放流口だ。……あそこが現在、最も汚染反応が強い」


車列が夜の浅草を疾走する。


向かう先は、安全なオフィスではない。毒ガスが充満する最前線だ。


数分後。


隅田川の下流、下水処理場の放流口付近。


そこは、この世の掃き溜めと化していた。


処理しきれない汚水がドボドボと川へ垂れ流され、周囲のコンクリートは酸で溶けて変色している。


防護服越しでも分かるほどの悪臭。


その汚濁の中心に、それはいた。


「……おや?」


紫色のガスを纏い、ヘドロの上を滑るように移動する白衣の男。


天領会四天王、毒海どっかいだ。


彼は、自らが撒いた毒が環境を破壊していく様を、散歩でもするように楽しんでいた。


「新しいモルモットですか。……警察でも自衛隊でもないようですが」


毒海が、興味なさそうにこちらを見る。


霧島は、装甲バンの影から部下たちにハンドサインを送った。


「データ収集だ。……撃て」


ダダダダダダダッ!!


霧島の合図と同時に、部下たちがサブマシンガンを一斉掃射した。


発射されたのは、通常の鉛弾ではない。


対霊戦闘用に開発された、高純度の霊銀ミスリルをコーティングした「対霊弾」だ。


物理的な肉体を持たない悪霊ですらハチの巣にする威力がある。


だが。


ジュッ……ジュワッ……!


弾丸は、毒海の身体に着弾した瞬間、煙を上げて消滅した。


貫通したのではない。触れた瞬間に、霊的エネルギーごと「溶かされた」のだ。


「無駄ですよ」


毒海が、嘲笑うように手を振った。


「物理も、霊力も……私の“流動体”の前では無力です。私は毒であり、水であり、空気だ。……概念そのものを殺せますか?」


毒海の白衣の袖口から、ドス黒い液体が鞭のようにしなった。


「ぐあっ!?」


前衛の部下の一人が、回避しきれずに液体を浴びる。


最新鋭の対化学兵器用防護服が、紙切れのように溶け、中の隊員が悲鳴を上げた。


「足が! 俺の足がァァッ!!」


隊員が転げ回る。


だが、霧島は眉一つ動かさなかった。


助け起こすこともしない。ただ、その鋭い双眸で、部下がやられた傷口と、弾丸が消滅した瞬間の毒海の反応を、冷徹に観察していた。


(……やはり、通常の術式では通じないか)


霧島の脳内では、高速で演算が行われていた。


物理無効。霊力腐食。


一見すると無敵だ。だが、完全な無敵などこの世に存在しない。


彼は見た。


部下が撃ち込んだ対霊弾が、溶かされる直前の「コンマ数秒」の挙動を。


着弾点。


毒海の身体を構成する紫色のガスが、一瞬だけ白く「泡立ち」、動きが鈍っていた。


まるで、異物を吐き出そうとする拒絶反応のように。


(なるほど……。高純度の霊力には、アレルギー反応アナフィラキシーを起こして“凝固”しようとする性質があるか)


霧島は、口元だけで微かに笑った。


仮説は立った。


奴の体は「汚れ」そのものだ。


ならば、その対極にある「絶対的な清浄」こそが、奴の流動性を奪い、固定化させる劇薬になる。


必要なのは、弾丸程度の霊力ではない。


奴の身体すべてを一瞬で白濁させるほどの、圧倒的な「純粋な力」。


「……撤収だ」


霧島は、きびすを返した。


負傷した部下を他の隊員に回収させ、鮮やかに照明弾フラッシュバンを投擲する。


カッ!!!!


真昼のような閃光が、汚染された川辺を焼き尽くす。


「必要なデータは取れた。……長居は無用だ」


「逃げましたか」


毒海は、眩しそうに目を細めながら、去っていく車列を見送った。


深追いはしない。彼にとっては、あと数日待てば全員死ぬのだから。


「まあいいでしょう。……あと2日。それまでに、この街は完全に腐敗し、あなたたちも肥料になるのですから」


マッドドクターの高笑いが、夜の闇に吸い込まれていった。


だが、彼は気づいていない。


逃げ帰った男が、ただの敗走者ではなく、自身の「解剖図」を手に入れた死神であることに。


車内。


霧島は、タブレット端末に観測データを入力しながら、静かに独り言ちた。


「待っていろ、愁。……お前を治すためだけのワクチンは作れないが、あの害虫を駆除する殺虫剤のレシピは分かった」


反撃の準備は整いつつある。


霧島の瞳には、すでに勝利への方程式ロードマップが描かれていた。

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