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24-6:タンク崩壊と感染


シュゴオオオオオ……!


パイプ迷宮での防戦一方。


俺たちは、四方八方から噴き出す酸の蒸気と毒水に追い立てられ、逃げ場を失っていた。


詩織の結界も限界だ。亀裂が走り、いつ砕け散ってもおかしくない。


『ハハハ! どうしました? 自慢の剣技も、空気相手では形無しですねぇ!』


施設中に響き渡る毒海どっかいの嘲笑。


次の瞬間、天井の配管から紫色の霧が滲み出し、キャットウォークの上で再び人の形――白衣の姿を形成した。


「チッ! 実体化したか!」


俺は即座に踏み込もうとする。


だが、毒海は俺を見ようともせず、手元にある巨大なバルブに手を掛けていた。


それは、この地下空間の中央に鎮座する「第1配水タンク」の、水圧調整用メインバルブだ。


「遊びは終わりです。……そろそろ、タンクの圧力を“全開放”しましょう」


「なっ……!?」


俺は息を呑んだ。


あのタンクの中には、数千トンの高濃度毒水が、極限まで圧縮されて溜まっている。


そのバルブを開けるということは――。


「さようなら、実験動物たち」


毒海は、バルブを回すのではなく、そのハンドル部分を、液体化させた手刀で強引に切断・破壊した。


バキンッ!!


留め金を失った圧力が、一気に暴発する。


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!


地響きと共に、巨大なタンクの側面が、内側からの圧力に耐えきれずに裂けた。


鉄板がひしゃげ、ボルトが弾け飛ぶ。


そして、裂け目から噴き出したのは、水流なんて生易しいものではなかった。


黒い濁流。


圧縮された原液クラスの猛毒が、鉄をも砕く水圧の壁となって、俺たちに向かって雪崩れ込んできたのだ。


「しまっ……!?」


回避は不可能だ。


範囲が広すぎる。速度が速すぎる。


背後には、逃げ遅れた詩織と亜美がいる。


結界? 間に合わない。この質量プレッシャーの前では、紙切れ同然だ。


(小僧! 避けろ!)


玄さんが叫ぶ。


俺の身体能力なら、自分だけならギリギリでかわせるかもしれない。


だが、俺が避ければ、後ろの二人は即死だ。毒に溶かされる以前に、水圧で肉片になる。


選択の余地など、最初からなかった。


「詩織! 亜美! 伏せろォッ!!」


俺は、木刀を捨てた。


きびすを返し、二人に向かって覆いかぶさるように抱き寄せる。


そして、迫りくる黒い濁流に、無防備な「背中」を向けた。


ドガアアアアアアアアアンッ!!


衝撃。


トラックに背後から追突されたような、鈍重な衝撃が全身を貫いた。


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


俺の口から、絶叫がほとばしる。


熱い。痛い。


ただの水流じゃない。


防護服もない生身の背中に、数千トンの水圧と、原液クラスの強酸性の毒、そして何万という怨念が凝縮された「呪い」が、直接叩きつけられたのだ。


ジュウウウウウッ……!


背中の皮が一瞬で溶け落ちる音が、耳の奥で響いた。


肉が焼け、神経が焼き切れる匂い。


だが、本当の地獄はここからだった。


(がっ……ぁ……!?)


俺の脳内で、今までどんな攻撃を受けても無傷だった玄さんが、苦悶の声を上げたのだ。


「玄さん!?」


(なんだ、こりゃあ……! 熱い……いや、寒い……!)


肉体の痛みではない。


背中の傷口から侵入したドス黒い毒が、血管を通り、神経を食い破り、俺の魂の奥底――玄さんが宿っている「霊的領域」にまで、触手を伸ばしてきたのだ。


ズブブブ……。


俺の視界イメージの中で、玄さんの強靭な精神体に、黒いシミが広がっていく。


それは、ただの化学物質ではない。


呪毒じゅどく」。


肉体と霊体、その両方を同時に腐らせるために設計された、最悪のハイブリッド兵器。


(小僧! マズいぞ……!)


玄さんの声が、ノイズ混じりになり、遠のいていく。


(身体が……動かねえ……! この毒、タマシイまで溶かしに来やがる……!)


俺の右腕――玄さんが最も強くリンクしている利き腕が、どす黒く変色し、痙攣を始めた。


自分の腕なのに、感覚がない。


まるで、腐った木の枝がぶら下がっているような、おぞましい感覚。


「愁さん! いやぁっ!」


俺の腕の中で、詩織が悲鳴を上げる。


彼女の目には、俺の背中が――骨が見えるほどに溶解し、そこから黒い血管が全身へ、そして心臓へと這い伸びていく様が映っていたのだろう。


「はぁ……はぁ……ぐっ……!」


俺は膝をついた。


立てない。力が入らない。


肉体の限界じゃない。魂のエネルギー(霊力)そのものが、毒によって急速に中和され、腐らされているんだ。


「素晴らしい……」


水しぶきの向こうから、毒海の恍惚とした声が響く。


「生身で受け止めましたか。……愛ですねぇ。ですが、その代償は高くつきますよ」


毒海は、キャットウォークから俺たちを見下ろし、宣告した。


「その毒は、肉体だけでなく、あなたの中にいる“憑き物”をも殺すように調整してあります。……痛みはどうですか? 自分の存在が、端からボロボロと崩れ落ちていく感覚は」


(……黙れ、ヤブ医者が……!)


玄さんが抗うように吠えるが、その覇気にはいつもの鋭さがない。


俺たちの「最強の矛」である鬼神が、機能不全に陥った。


絶体絶命。


迫りくる第二波の濁流を前に、俺の意識は急速に闇へと沈んでいった。

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