22-2:亜美の再起
作戦は決まった。だが、実行するには決定的なピースが欠けていた。
敵――「虚」の本体の居場所だ。
奴はネットの海に隠れ、姿を見せない。
この広い浅草のどこかで、スマホを操作しているはずだが、それを特定できるのは、今の浅草ではたった一人しかいない。
「……亜美」
俺と詩織は、店の奥座敷へと戻った。
布団に横たわる亜美は、まだ悪夢にうなされているように眉を寄せ、荒い息を繰り返していた。
ネット上の悪意は、今この瞬間も彼女の精神を削り続けている。
「……愁さん。これを」
詩織が、スポーツバッグから一つの機械を取り出した。
一見すると、高級なヘッドホンのように見える。
だが、そのイヤーカップには微細な梵字がレーザー刻印され、ケーブルの接続端子からは、微かな霊的波長が漏れ出していた。
「これは?」
「霧島さんが、この事態(炎上)を予測して送ってくれたものです。『対呪術用ノイズキャンセリング・ヘッドホン』……だそうです」
「あいつ、またそんなトンデモ装備を……」
「科学的な防音技術と、結界術を組み合わせた試作品だそうです。……これなら、亜美ちゃんの“耳”を守れるかもしれません」
詩織は、亜美の枕元に膝をつき、汗ばんだ彼女の手をそっと握りしめた。
「亜美さん」
呼びかける声は、優しく、けれど芯の通った強さがあった。
「……聞こえますか? 今、貴女を苦しめているのは、顔のない幽霊たちの戯言です」
「う……うぅ……痛い……やめて……」
亜美が苦しげに首を振る。
詩織は、その耳元に顔を寄せ、語りかけた。
「聞かなくていいんです。そんな汚い声に、耳を貸す必要はありません」
詩織は、ヘッドホンを手に取り、亜美の耳にゆっくりと装着させた。
「……聞いてください、亜美さん。悪意の声ではなく……私たちが勝つ、“未来の音”を」
カチッ。
スイッチが入る。
その瞬間、イヤーカップに刻まれた梵字が淡く発光し、亜美の周囲に展開されていた黒い澱みが、弾かれるように霧散した。
「……っ!」
亜美の呼吸が、ふっと深くなる。
苦痛に歪んでいた表情から、力が抜けていく。
まるで、嵐の中にいた小舟が、静かな港に辿り着いたかのように。
やがて。
長い睫毛が震え、亜美がゆっくりと目を開けた。
「……しおり、さん……? 愁、さん……?」
「亜美! 分かるか!」
俺が覗き込むと、彼女はキョトンとした顔で周囲を見回し、そして恐る恐る自分の頭に触れた。
「……静か」
亜美の声が震えた。
「あの……突き刺さるような叫び声が、聞こえない。……静か、なの」
「ノイズは遮断しました」
詩織が微笑む。
「今は、私たちの声だけを聞いてください。……亜美さん、貴女の力が必要です」
俺は、亜美の手を強く握った。
「これから、大博打を打つ。……俺たちが派手に暴れて、敵の注意を引きつける。その隙に、お前の“耳”で、犯人を見つけてほしいんだ」
それは、酷な頼みかもしれない。
一度壊されかけた彼女を、再び戦場に引き戻すことになる。
だが、亜美は俺の手を握り返してきた。
その握力は、今までになく強かった。
「……うん」
亜美は、ヘッドホンの位置を直し、真っ直ぐに俺たちを見た。
その瞳には、もう怯えはなかった。
「私、頑張る。……私をいじめた人たちに、負けたくない」
「犯人の場所……絶対に、見つける!」
レーダーは復活した。
しかも、最強の防具を身につけて。
「よし! 行くぞ!」
俺たちは立ち上がった。
夜の雷門が、俺たちのステージだ。
準備は整った。あとは、ド派手にぶちかますだけだ。




