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21-3:霧島の苦渋


雷門の異変を確認した俺は、即座にスマートフォンを取り出し、霧島さんに連絡を入れた。


亜美が倒れたこと。


ネットの炎上が、ウツロという呪術師による「蟲毒」であること。


そして、雷門の杭が街全体を狂わせていること。


全てを伝えた上で、俺はすがるように言った。


「頼みます、霧島さん! 今回もあんたの力で何とかしてくれ! ネットのサーバーを落とすとか、発信元を特定して逮捕するとか……!」


だが。


電話の向こうから聞こえてきたのは、いつもの冷徹な即断即決の声ではなかった。


重苦しい沈黙と、深く葉巻を吸い込む音。


そして、苦渋に満ちた溜め息だった。


『……すまんが、今回は手出しできん』


「え……?」


俺は耳を疑った。あの「国家権力を私物化する男」が、出来ないと言ったのか?


「どういうことだよ! 病院を買収した相手にはあんなに強気だったじゃないか!」


『相手が「企業」や「施設」ならば、法と権力で首根っこを掴める。……だが、今回の敵は違う』


霧島さんの声には、現代の法治国家が抱える、どうしようもない限界への苛立ちが滲んでいた。


『敵は「インターネット」という雲の中に隠れた、数万人の匿名モブだ。……プロバイダへの情報開示請求、削除要請、名誉毀損の立件……。正規の手順を踏めば、最短でも数ヶ月はかかる』


「す、数ヶ月……!?」


『その間に、お前たちの店は潰れ、浅草の空気は死に絶えるだろう。……今の日本の法制度では、「炎上のスピード」には絶対に追いつけないんだ』


俺は絶句した。


虚は、そこまで計算していたのか。


物理的な暴力なら警察が、組織的な圧力なら霧島さんが動く。


だからこそ、法の網の目をすり抜ける「空気(世論)」という武器を選んだんだ。


「じゃあ、どうすればいいんだよ! 雷門の前で暴れてる観光客を、警察権力(物理)で鎮圧するのか!?」


『無意味だ。……イライラしているだけの市民を逮捕する法律はない。それに、強引に鎮圧すれば、それこそ「浅草は危険な街だ」というデマを裏付けることになる』


詰みだ。


権力も、武力も、この「空気」の前では無力だ。


『……浅河。これは、私が戦える領域フィールドではない』


霧島さんは、静かに、しかし重いバトンを俺に渡した。


『警察も法律も、人の「感情」までは裁けない。……お前たちがやるしかないんだ』


「俺たちが……?」


『ああ。呪いで歪められた“世論(空気)”を、力ずくではなく……別の方法でひっくり返せ』


プツン。


通話が切れた。


俺は、スマホを握りしめたまま、喧嘩と怒号が飛び交う仲見世通りを見渡した。


(……厄介な話になったな、小僧)


玄さんも、いつになく真剣な声だ。


(刀で斬れる敵なら、ワシが百人だろうが千人だろうが相手してやる。だが……)


「ああ。分かってるよ、玄さん」


俺は、黒い煙を吐き出す雷門を見上げた。


あの杭を抜くだけじゃダメだ。


杭を抜いても、一度拡散されたデマは消えない。人々の心に植え付けられた「浅草への不信感」は消えない。


力ずくでねじ伏せても、それは恐怖を生むだけだ。


これは、「戦い」じゃない。


失われた信用と、人々の「心」を取り戻すための……もっと別の何かが必要なんだ。


「……空気(世論)を変える、か」


俺の中で、一つの無謀な、しかしそれしかない「賭け」のアイデアが浮かび上がろうとしていた。


俺は、隣で不安そうにしている詩織の手を引いた。


「行こう、詩織ちゃん。……店に戻って作戦会議だ」


「え? でも、雷門は……」


「今のまま突っ込んでも、火に油を注ぐだけだ。……準備をするぞ」


俺たちは、荒れ狂う雷門に背を向け、一度撤退した。


夜の帳が下りるその時こそが、起死回生の勝負のときだ。

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