第4章:決着、そして… 4-1:鬼神の覚悟
蔵前の雑居ビルでの一件から、数日。
ガイアフロント社からの報復は、最悪の形でやってきた。
「……なんだよ、これ」
俺、浅河愁は、目の前の光景に絶句した。
実家の和菓子屋『あさかわ』。
そのシャッターに、真っ赤なスプレーで、デカデカとこう書かれていた。
『死ね』『立ち退け』『地獄に堕ちろ』
「……っ!」
奥歯を、ギリッと噛み締める。
店先には、割れた植木鉢や生ゴミがブチまけられている。
昨日まで、近所のお年寄りが「美味しいね」と笑って買ってくれていた店が、無惨な姿になっていた。
「愁、見ちゃダメよ……!」
母さんが、震える声で俺を家の中に押し込もうとする。
だが、俺は動かなかった。
「……いつからだ」
「え?」
「この嫌がらせ、いつからだ!」
俺が声を荒げると、母さんはビクリと肩を震わせた。
「……三日、前ぐらいから。最初は無言電話だったんだけど、昨日の夜から、こんな……。お父さん、警察に相談するって言ってるけど……」
三日前。
俺たちが、蔵前の連中をブッ飛ばした直後だ。
間違いねぇ。ガイアフロントの「掃除屋」どもの報復だ。
(俺の……せいか)
俺が、中途半端に手を出したから。
あいつらの怒りの矛先が、俺じゃなく、俺の一番大事な家族に向かったんだ。
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるなよ!
『……小僧』
脳内で、玄が静かな声で呼びかける。
いつもの軽口が、一切ない。
本気の「怒り」の気配が、俺の意識と混じり合っていく。
『テメェ、今、何を考えてる』
「……決まってんだろ」
俺は、パーカーのフードを深く被った。
ポケットの中の「黒蓮華」を、強く握りしめる。
「就活? サラリーマン?……知ったことかよ」
俺の胸の奥底で、就活全滅の鬱屈とは違う、熱い何かが燃え上がった。
それは、純粋な「義憤」と「殺意」だった。
「玄さん。力を貸してくれ」
俺は、初めて自分の意志で、脳内の同居人に請うた。
「あいつらだけは、俺が、この手で叩き潰す!」
『……』
玄は、何も言わなかった。
だが、コンマ数秒の間を置いて、腹の底から笑うような声が響いた。
『――ククク。ようやく“仕事人”の顔になったなァ、小僧!』
瞬間。
俺の体に、電気が走る。
今までみてぇな「乗っ取られる」感覚じゃねぇ。
俺の意志が、玄の力を呼び覚まし、俺の体と完全に一体化していく。
「詩織! 矢切さん! すぐに例のアパートに来てくれ!」
俺はスマホを取り出し、仲間にコールする。
「……愁?」
母さんの心配そうな声。
俺は、一度だけ振り返り、無理やり笑って見せた。
「母さん、心配すんな。……俺が、全部終わらせてくる」
その時の俺の目が、いつもの頼りない大学生の目じゃなかったことに、母さんは気づいただろうか。
俺は、夜の浅草へ、決戦の地へ向かって走り出した。




