第21章:雷門の提灯、黒く染まる~亜美のダウンと、第2の杭~ 21-1:ノイズの奔流
母さんを二階の寝室に運び込み、俺たちは再び薄暗い店内に戻っていた。
臨時休業の札がかかった入り口。シャッターの隙間からは、相変わらず通行人の心ない囁きと、好奇の視線が漏れ入ってくる。
「……これから、どうする」
俺は、冷めきったお茶を握りしめ、呻くように言った。
店はデマで汚され、母さんは倒れた。
敵の姿は見えない。ネットという広大な海に隠れた「虚」を、どうやって引きずり出せばいい?
「敵は『言霊』を操っています」
詩織が、悔しそうに唇を噛む。
「こちらの潔白を証明しようにも、拡散されたデマの量が多すぎます。……それに、次の手が来るはずです」
その時だった。
バンッ!!
裏口のドアが、乱暴に開け放たれた。
「……ッ!?」
「敵襲か!?」
俺と詩織が即座に身構える。
だが、そこに飛び込んできたのは、敵の刺客ではなかった。
「あ……あぁ……っ!」
「亜美!?」
高円寺亜美だった。
だが、様子がおかしい。
彼女は両手でヘッドホンを頭に押し付けるように塞ぎ、顔を歪めて、その場に崩れ落ちたのだ。
「い、痛い……! 痛いぃぃっ!」
「亜美! どうしたんだ!」
俺は慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こした。
身体が、高熱を出したように熱い。そして、小刻みな痙攣が止まらない。
彼女の瞳は焦点が合わず、見えない「何か」に怯えていた。
「やめて……! 入ってこないで……!」
「聞こえるの……! 何万人の声が……悪口が……!」
「声……?」
俺は耳を澄ませたが、店内は静寂そのものだ。
だが、亜美には聞こえているんだ。
あの「虚」が増幅させた、ネット上の膨大な悪意が!
「『死ね』……『消えろ』……『汚い』……!」
亜美が、譫言のように繰り返す。
「頭の中で……みんなが叫んでるの……! 私のことじゃないのに……私の中に、黒い泥が流れ込んでくる……!」
「……ッ!」
俺は戦慄した。
亜美は、大手町テロの後遺症で、霊的な「受信感度」が極限まで高まっている。
普段なら、それは敵の居場所を探る「レーダー」として役に立つ。
だが、今の状況は違う。
今、ネット上には、俺たちに向けられた数万、数十万件の誹謗中傷が溢れかえっている。
虚の術によって増幅されたその「呪いの言葉」は、感応能力者である亜美にとって、鼓膜を直接針で刺されるような、猛毒の奔流となって襲いかかっているんだ!
「亜美ちゃん! 耳を塞いで! ……いえ、意識を閉じて!」
詩織が必死に叫び、浄化の印を結んで亜美の額に当てる。
だが、効果が薄い。
物理的な音じゃない。ネットワークという霊脈を通じて、直接脳内に響いているからだ。
「あ……あああぁぁぁぁッ!!」
亜美が、限界を超えた悲鳴を上げた。
その目から、光が消える。
ガクッ。
彼女の身体から力が抜け、俺の腕の中でぐったりと動かなくなった。
「亜美! おい、亜美!!」
俺は必死に呼びかけるが、返事はない。
気絶したのだ。
いや、自己防衛のために、強制的に意識をシャットダウンしたのかもしれない。
「……ひどい」
詩織が、亜美の手を握りながら涙ぐむ。
「ただでさえ敏感な彼女に……こんな量の悪意を浴びせるなんて……! 精神が焼き切れてしまいます!」
(おのれ……虚とか言ったな、あの野郎……!)
玄さんの激昂が、俺の脳を揺らす。
(無関係な娘まで巻き込みやがって! これがテメェの言う「演出」かよ!)
俺は、意識のない亜美を強く抱きしめた。
彼女は、俺たちのために力を貸してくれていただけだ。
それなのに、こんな目に遭わされるなんて。
「……くそっ!」
俺は悟った。
これで、俺たちの「目」と「耳」は塞がれた。
敵の居場所を探知できる唯一のレーダー(亜美)が、敵のジャミング(悪意)によって破壊されたんだ。
姿の見えない敵。
増え続けるデマ。
そして、失われた探知能力。
俺たちは、完全なる暗闇の中に放り出された。




