19-3:買収宣言
気絶した風水建築士が倒れる足元で、何かが光っていた。
彼のスマートフォンだ。
画面は割れておらず、通話アプリが起動したままになっている。
表示されている通話相手の名前は――『CEO』。
「……フン」
俺は、そのスマホを拾い上げた。
耳に当てると、向こう側の「静寂」が伝わってきた。
だが、切れてはいない。こちらの様子を、楽しむように聞いている気配がする。
「……聞こえてるか、神宮寺社長」
俺は、努めて低い声で呼びかけた。
「お宅の優秀な現場監督は、あいにく休憩に入ったようだぜ。……二度と起きないかもしれないがな」
『……あら、残念。結構使える駒でしたのに』
スピーカー越しに、あの冷徹な声が響く。
部下が倒されたというのに、悔しがる様子も、驚く様子もない。
ただ、壊れた玩具を惜しむような口ぶりだ。
『それで? 私に何の御用かしら、浅河愁さん』
「用件は一つだ」
俺は、隣に立つ詩織を見た。
彼女はもう震えていなかった。
俺の意図を察し、強く頷いてくれた。
俺たちの覚悟は決まっている。
「タワーなんて、建てさせない」
俺は、腹の底から声を絞り出した。
「この土地は……浅草は、テメェらの好きにはさせねえ」
『ほう? 暴力で解決するおつもり? 野蛮ですこと』
「いいや」
俺はニヤリと笑った。
「俺たちは“仕事人”だ。……ビジネスの話をしようぜ」
「この土地は、俺たちが必ず“買い戻す”。……いくら掛かろうが、どんな手を使おうがな」
それは、ただの脅しではない。
金、力(鬼神)、政治(霧島)、そして仲間(詩織と亜美)。
俺たちが持っている全ての手札を使った、総力戦の宣言だ。
一瞬の沈黙。
そして、麗華の含み笑いが聞こえた。
『フフ……面白い』
彼女の声には、初めて明確な「興味」の色が混じっていた。
『いいでしょう。私たちは逃げも隠れもしません。……買えるものなら、買ってみなさい』
プツン。
通話が切れた。
俺はスマホを握り潰しそうになるのを堪え、意識を失っている風水師の胸の上に放り投げた。
「……言ったな、あの女」
(上等だ。……売られた喧嘩、高く買ってやろうじゃねえか)
玄さんも、やる気満々だ。
俺と詩織は、夜空を見上げた。
星は見えない。だが、俺たちの目には、はっきりと見えていた。
この先に待ち受ける、さらに苛烈な戦いの予感が。
風水建築士は、奴らが送り込んだ刺客の一人に過ぎない。
奴らの背後には、まだ3人の幹部――『天領会四天王』と呼ばれる化け物たちが控えているはずだ。
母を人質に取られたままの綱渡り。
だが、俺たちはもう止まらない。
浅草奪還。
第2部の戦いは、今、正式に幕を開けたのだ。




