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第八話 挑発

エティエンヌは、私の顔をまじまじと見ると、弾かれたように笑い出した。


「ブノワ殿は、本当に何もご存知ないのですね。……なあ、ヴィア?」


彼は私に掴まれたまま、動揺もせず姫様に視線だけを向けた。


「……エティ、ブノワを挑発するのはやめてちょうだい」

姫様の言葉は静かだった。だが、先ほどまでの戸惑いから一転し、明らかに怒っているように見えた。


「……挑発、ねえ。ヴィア。私にはそれくらい許されてもいいのでは……?」


「……あなた、ふざけてるのね?」

姫様の怒気がこぼれ出る。日頃はおっとりしている彼女の、こんな姿を見るのは初めてだった。


エティエンヌは私に胸ぐらを掴まれたまま、しばらくの間姫様と身じろぎもせず見つめ合っていた。


(……何だか、怒りを削がれたな)


私はため息をつき、エティエンヌから手を離した。


「おや、もういいのですか?」

エティエンヌは、汚れでもついたかのように、ぱんぱんと胸元をはたき、襟を正した後、何事もなかったように座り直した。


「いや、証拠もないまま疑ってしまった。……悪かった。少し冷静さを欠いていたようだ」


これだけで、私の立場が危うくなることはないだろうが……軽率であったことは間違いない。


「いえ、私は別に構いませんよ。ただ、ブノワ殿、あまりにもあなたが可哀想でね……。早く、幸せになれるよう、願っております」


「エティ。……いい加減にして。やめなさいと言ってるのよ」


私は、二人のやりとりを尻目に、サッと頭だけ下げると、その場を後にした。もう……何を信じていいか、わからなくなりそうだったのだ。


* * *


だが、重い気持ちのまま王都の邸宅に戻った私を迎えたのは、朗らかな笑顔のクレマンスだった。


「公爵様、聞いてください!次のお見合いが決まりましたよ」


相手は、イザベル・ド・ロネ侯爵令嬢だという。彼女は、控えめな気質の落ち着いたご令嬢という噂だった。


ロネ侯爵家ならば、我がロシュフォールとの家格の釣り合いも理想的だ。


私は、先ほどまでの悪い想像を打ち消すかのように、お見合いへと気持ちを切り替えた。


* * *


イザベル嬢は二十歳。艶やかな黒髪が美しい、品のあるご令嬢だ。知性と誠実さを感じさせ、話をしていても違和感がない。


「ロシュフォールの小麦は我が領でもたくさん輸入させていただいておりますわ。家の麦酒事業と連携させていただくのも面白いのではないかと思いまして」


「なるほど、それはよいですな!いや、わたしもロネ領の麦酒は大好きでして。……ぜひ、良い連携をさせてもらいたいものです」


浮ついたところのないご令嬢で、しっかりと家同士の連携まで考えてくれていたところに好感を持った。


(彼女とは、実務的にも、性格的にも合いそうだな)


穏やかな気質で、共に暮らしていくには最適な相手に思えた。


反応も、悪くなかったと思う。真摯に事業を語ってくれ、恥じらいながらも笑顔を向けてくれた。慕情はないにせよ——少なくとも、政略結婚の相手として悪くは思われていないだろう。


(ようやく、落ち着ける相手が現れた)


クレマンスも、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「これで、ようやく肩の荷がおりました」


だが、私は浮かれて忘れていたようだ。

エティエンヌの挑発の意味。姫様が怒った理由。


それらは——まだ、何ひとつ明らかになっていなかった。



《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定


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