第七話 茶会
姫様は十八歳、エティエンヌは二十歳。幼かった二人も、今や立派な大人だ。成長した彼らはますます美しくなり、物語の王子と姫のような美しさだった。眩しいことこの上ない。
……きつい顔立ちの私とは大違いだ。正直、羨ましくないといえば嘘になる。
だが、それよりも気になったのは——エティエンヌの目だ。あの紫の瞳が、まるで冷たい硝子のように見えた気がした。こんな彼を見たのは、初めてだった。
姫様は銀糸の髪を後ろで編み込んでまとめ、ラベンダー色のドレスを身にまとっていた。……エティエンヌの瞳の色なのだろう。よく似合っている。子供の頃と変わらず、伸びやかに育った彼女は、首をゆるりとかしげていた。
「お義姉さまったら、一体どうなさったのかしらね?……まあいいわ。ブノワ、せっかくですからあちらに座ってお話ししませんこと?」
庭園の東屋に案内されて、急拵えの茶会が始まったが——私はやはり気になっていた。
エティエンヌは、今日私に会ってからというもの……軽く会釈をするのみで、一度も喋っていないのだ。
* * *
彼は穏やかな男のはずだった。いかにも“ソレイユ貴族的”な見事な金髪に、吸いこまれそうな紫の瞳。すっと通った鼻筋に、静かな笑みを湛えた口元。いつもご令嬢たちの目を惹きつけていた。
私の苦手な美辞麗句や詩の様な言葉も巧みに使いこなし——貴公子の中の貴公子だと有名だ。
もちろん、彼は姫様と婚約している——迂闊に近づこうなどというご令嬢がいるはずもない。……もしいたとして、私が撃退してやるところだ。姫様を悲しませる材料など、何一つ許してはおけないからな。
……しかし、その彼が……こんな冷たいまなざしをしているとは、一体何事だろう。
(姫様は、どう感じているのだろうか……?)
姫様が侍女たちに耳打ちをしたと思ったら、あっという間に茶会の準備が整った。東屋には小花柄のテーブルクロスが引かれ、白磁のティーカップにポット、たくさんの焼菓子が並ぶ。
人に言った事はないが、甘いものは好きだ。テーブルの上にはマドレーヌにガレット、フィナンシェなど私好みの菓子がずらりと並んでいる。たまたまなのだろうが、沈んでいた気持ちがふっと軽くなった。
「ブノワ、ロシュフォール領には大規模な製粉工場ができたそうじゃないの。私ね、思うのだけど流通においては……」
姫様は、すっかり大人になり、知性に磨きをかけられていた。我が領のことまでよく学ばれていて、提案までしてくださったのには驚いた。本当に頭が下がる。
(……もう、子供とは呼べないな)
だが、エティエンヌは相変わらず曖昧に頷くだけで、話に入ってこない。
その癖、ふとした瞬間にこちらに向けるまなざしがなんだか辛辣だ。
気まずさに耐えかねて、私は彼に話を振ってみることにした。
「……ところで、エティエンヌ。ずいぶんと静かだが、元気なのか?」
私の言葉に、彼は傾けていたカップをソーサーの上に置くと、笑顔を作った。ぞくりとするような凄みを感じた。
「……ええ、ご心配などいただかなくとも、元気ですよ。ブノワ殿に比べれば、よっぽどね」
返ってきたのは、思わぬ攻撃的な言葉だった。
「……どういう意味だ」
思わず、体が硬くなる。
「聞いていますよ。いまだに婚約者が決まらないとか。“偉大なる”ロシュフォール公爵家のご当主が……ねえ」
言葉の端々に、冷たい悪意がある。私は、目の前が真っ暗になった。
(こんなことを言うなんて……一体、この男はどうしてしまったんだ?)
脳裏に、抱っこをせがむ五歳のエティエンヌが浮かび、そして砕け散った。
何と返すべきか考えあぐねている私に、彼はさらに追い討ちをかけた。
「……まあ、有力貴族と縁付くあなたを、快く思わない人もいるのでしょうね」
「なに……!?」
その時、一つの可能性に思い至った。
エティエンヌの家は、貴族派だ。中立の我が家とは違う。派閥の利益を考えるのは当然だが……。
「まさか、お前が関わっているのか!?」
気づけば私は立ち上がり、エティエンヌの胸ぐらを掴んでいた。
ティーカップが甲高く割れる音がし、焼き菓子が床に散らばる。あまりに鮮やかに、乱雑に。
姫様は、驚いた顔でこちらを見ている。その目が、ただの驚きではなく、どこか悲しみを帯びているように見えた——それが、ひどく胸に刺さった。
(この目は……何を訴えかけている?)
だが、本当にそうなら引くわけにはいかない。
私は、うんざりするほど整ったエティエンヌの顔を見つめた。彼は、こんな状況ながら不敵な笑みを浮かべている。
「なんとか言え。私の婚約を妨害しているのは……お前なのか?」
《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定
婚活の失敗は、政敵の妨害かもしれません。
では、エティエンヌの真意は——?
「先が気になる」と思っていただけたら、ぜひブクマを。
気に入っていただけたら、評価や感想も励みになります!