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第六話 疑惑

……そんな過去を思い返していた、ちょうどその時だった。


「まさか私が……国の中枢に関わる仕事ができるなんて、思いもよりませんでしたわ」


クレマンスがそう言って微笑んだ。だが——その目の奥には、ほんの一瞬、迷いが見えたように思えた。


「いや。君を我が家に呼べたのは我ながら英断だった。多くの課題を解決に導いてくれる、得難い人材だからね」


「……まあ」

と、クレマンスはこちらを見て、くすくすと笑った。


「ただ一つ……公爵様の縁談だけは、全くお役に立てませんわね」


(……嫌なことを思い出させてくれる)


一気に気分がどんよりした。


「はあ……あの頃、君と政経談義にかまけず、真面目に貴族令嬢たちと交流を深めておけばよかった」


私はガックリとうなだれた。完全に作戦ミスだ。


私が婚姻できなければ、親戚筋から養子を取ることになるだろう。だが「結婚相手が見つからない」という理由では、さすがに情けない。


「……申し訳ないとは思っています。私をいまだに愛人と思っている方々もいらっしゃるようですから。もしかしたら、それで避けられている可能性もあるかと」

いたずらっぽく笑っていた彼女が、途端に冴えない表情になる。


「馬鹿な!……私と君がそんな関係でないのは、調べればわかることだ」


「とはいえ、噂だけでも嫌がる女性もいらっしゃるかと。特に高位貴族のご令嬢ですから」


「……」


(……確かに一理ある。だが、それが理由で敬遠されているのか?)


皮肉な話だ。最も信頼できる相手の存在が、かえって障害になるとは。


「もし私が、公爵様のご迷惑になるようであれば、退くことも考えますので……」


「いや、今君に抜けられては私が困る!」

私は慌ててクレマンスを慰留した。


「そもそも、本当に原因がそれかもわかっていないのだ。一度、縁談の件は陛下に相談してみよう」


私がそう言うと、クレマンスは頷いた。いつになく、気弱な笑みに見えた。


「それにしても……ご令嬢方はみんな、最初は乗り気なのです。公爵様に否があるというよりは……まるで、何か“別の意志”が働いているかのような……」


彼女がそうこぼしたのが、やけに心に残った。


(もし、そうだとすれば……誰が、何の目的でこんなことをしているのか、確かめねば)


* * *


「はっはっは、ブノワ……お前、まだ縁談が決まらないのか。こんな“公爵閣下”はきっと我が王国、始まって以来だろうな」


シャルル陛下は、私の真剣な悩みに涙を流して笑っていた。そんなに笑うことはないだろう。


(……これが陛下でなければ、席を立っていたところだ)


その笑い声が、じわじわと胸の奥を冷やしていくようだった。


横にいるエレオノール殿下は、笑い崩れる陛下の様子を見て頰を引きつらせ、冷ややかな視線を投げていた。いつも円満なお二人だ。このような態度を見せるのは珍しい。


「……陛下、さすがに失礼では」

殿下は、いつまで経っても笑い止まない陛下を咎めてくださった。彼女の顔は険しかった。


「……いや、悪い。悪かった。ブノワ。しかしまあ、お前はいい男だ。そう心配することもないだろう」


なんとか笑いから回復した陛下だったが、適当に励ますのはやめてもらいたい。これまで、そうやって楽観的に考えてきて、一度もうまくいっていないのだから。


「……もういいです。帰ります」


「すまんすまん!もし、本当に上手くいかなければ改めて相談してくれ。……お前なら、大丈夫だと信じているよ」


気休めの言葉を聞き流しながら、私は謁見室を出た。廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。


「……ブノワ」


振り向くまでもなく、エレオノール殿下だと分かった。


(私を、追いかけてきたのか?)


彼女は立ち止まり、逡巡するような様子を見せた。私は、彼女が何を言いたいのかわからなかったが、ひとまず待ってみることにした。


「私は——そなたに……」


その一言が届くより早く、鈴のような声が響いた。


「あら?お義姉様とブノワ?こんなところで、何をしてらっしゃるの?」


私たちの会話を止めたのは姫様と……彼女をエスコートしているエティエンヌだった。


エレオノール殿下は、二人を見ると、顔を青くして押し黙った。


「……いや、すまない。ブノワ。何でもないのだ」

そういって彼女は、まるで逃げるように、先ほどの部屋へと戻っていった。


結局、殿下は何も言わなかった。


その沈黙だけが、重く、胸に残った。


そしてその場に、姫様とエティエンヌ、そして私の三人だけが……奇妙にも取り残されることとなった。


《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定


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