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第五話 採用

入学から一年が経ったある日、シャルル殿下から「話がある」と学内の王族専用ラウンジに呼び出された。いつも率直な彼が、珍しく言いよどむそぶりを見せた。


「……殿下。私が何かしましたか?」


贅沢な作りの、広い窓から光がいっぱいに差し込んでいる。汗ばむような陽気になり始めていた。


手元の紅茶を一口すする。


殿下が何も言わないので、気まずくなった私はなんとなく調度品を眺めていた。


東の大陸より取り寄せた壺や、南の大陸の織物など……それぞれが多様な文化を彷彿とさせながらも、うまく調和し粋にまとめられている。


気もそぞろになった私に気づいたのか、殿下は苦々しげな顔をし、ようやく口を開いた。


「……お前、まさかとは思うが、クレマンスに気があるのか?」


「は……!?」


紅茶を噴きそうになった。いやいや、何を言い出すのかこの殿下は。……しかし、その青い瞳は真剣な光を宿している。姫様より少し濃い色の、強いまなざしだった。


「いや、まさか……彼女は平民です。……確かに、貴族令嬢と比べて話しやすいのは事実ですが」


……そう。あの後私はすぐにクレマンスに声をかけた。


クレマンスはシェリエ地方の工房職人の娘だった。母親は修道院で手習いの教師をしているそうだ。豊かではないながらも、知を誇りとする——そんな気風が見て取れた。


授業での統治制度についての討論では、民の視点を保ちながらも貴族の意向を巧みに汲んでいた。理想と現実を、真っすぐに、かつ柔らかく繋ぐ——そんな論の組み方だった。


工房では経理も担っていたという。家計を助ける中で自然と身についた知識が、生きていたのだ。


このように現実を見据えた女性というのは、私の周りにはなかなか見当たらなかった。


学園で私は多くの貴族女性から声をかけられていた。年頃を迎えたということなのだろう。学園内の男女間は「できるだけいい相手を見つけよう」という雰囲気に満ちていた。


だが、私はいまいちそれに興味を持てなかった。公爵領を継ぐのはもちろん、殿下の側近となり、文官になる。その目標があったため、しばらくは勉学に専念したかった。


貴族令嬢から求められる、古典詩や神話を用いた知的な会話、言葉の駆け引き。教養としておさめてはいたが、私はそれらに全く興味が持てなかった。一体、なんの役に立つというのだろうか。


殿下は、しばらくこちらを探るかのように見つめていたが、半ば呆れた顔をした。

「ならば、行動に気をつけろ。クレマンスとばかり一緒にいると勘ぐられるぞ」


学内では、シャルル殿下がいないときは、彼女と過ごすことが多かった。


政治や経済の話であれば、むしろ楽しかった。そんな会話ができたのは彼女だけだった。


「はあ、殿下はいいですよねえ。……エレオノール嬢も美辞麗句よりも政の話を好まれる方ですし」


そう嘆息する私に、殿下は笑った。


「はは、羨ましいだろう。……まあ、お前の気持ちはわかる。王子の責務として演じてはいるが、私もあのような無駄な会話は好きではない」


お二人は、私の憧れだ。他の貴族令嬢にも話しやすい方がいれば、私は婚約を先延ばしにしなかったに違いない。


* * *


私は、一度クレマンスと話をすることにした。万が一にも本人に誤解されていたら困る。


……彼女に結婚の予定があれば安心できると思った。適齢期を考えると、すでに婚約が決まっていてもおかしくはない。


「結婚の予定ですか?……ございません。仕事に生きると決めていますから」

返ってきたのは、驚くほどきっぱりとした言葉だった。


「しかし……君の家は、子を成さなくとも良いのか?」


「弟が二人おりますので、心配ありません。私は……子を成すよりも……違う形でこの国に貢献したいのです」


迷いは、微塵も感じられなかった。


「どのような仕事をするつもりだ?」


「……商会に勤めることを考えています。女性の身での就職は厳しいかもしれませんが……メラン商会なら可能性があるのでは、と」


私は、思わず彼女に詰め寄っていた。


「……まだ決まっていないのであれば、我が公爵家で働かないか?……君の才覚は、埋もれるには惜しい。父に掛け合おう」


クレマンスは驚きに目を見開いていたが、私が幾度となく説得すると最後には折れた。


「身にあまる光栄です」


それだけ言い、頭を下げる。


私は、父の許可を得た後、喧伝して回った。彼女との関係はやましいものではない。——あくまでも、仕事の上での引き抜きなのだ、と。


それでも「愛人なのでは?」と疑う相手は放っておいた。こちらは潔白なのだから。


そういえば、姫様にも聞かれた。

「ブノワは、がくえんに、おきにいりのじょせいがいるようですね。ロシュフォールけによぶのですって?」


なぜか責められたような気になって、慌てて弁明した。……シャルル殿下が、何かおかしなことを吹き込んだのだろう。


……だが、貴族令嬢たちとの関わりを避け、クレマンスを引き入れたことで、後々私の縁談がうまくいかなくなるとは、この時は思いもしなかった。



《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定


ブノワの婚活がうまく行かないのは、果たしてクレマンスが原因なのか。……本当にそう思いますか?


「先が気になる」と思っていただけたら、ぜひブクマを。

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