第四話 才女
それ以来、エレオノール嬢とエティエンヌを加え、五人で過ごすことが多くなった。
シャルル殿下とエレオノール嬢は、似合いの二人だった。少々生真面目なところのある彼女を、快活な殿下が優しくフォローする。この国の未来は明るいように思われた。
エティエンヌと姫様は……見事に絵になった。姫様だけでなく、彼もとても可愛らしい子供なのだ。二人が和やかに遊ぶ姿を見て、私は早くも溜飲を下げた。
(柔らかな雰囲気の二人だ。本当に愛いものだな)
「ブノワ、だっこ」
姫様は相変わらず懐いてくれている。淑女ともなればこんなふれあいはできないだろう。今だけだ。
姫様を高く抱き上げると、羨ましそうにこちらを見ていたエティエンヌと目が合った。紫色の神秘的な瞳が揺らいでいた。彼は、おずおずと口を開く。
「ぼくも……おねがいします」
そう頼んでくるのだから、その微笑ましさに思わず笑いがこぼれ、二人を交互に抱き上げた。
「ブノワ、たのしい!だいすき!」
姫様はきゃっきゃと喜んでいたが、エティエンヌは慌てていた。その対比が、なんとも愛らしかった。どちらも、年相応の可愛さだった。
「お前、すっかり子守係じゃないか」
シャルル殿下は呆れたように声をかけてきた。彼とエレオノール嬢は、ちらりともこちらに目を向けず談笑していることが多い。
(これほど可愛らしいというのに、なぜ構いたくならないのだろう)
まあ、貴族世界の標準でいえば、きっと自分の方が異端なのだろう。だが、姫様もエティエンヌも喜んでくれているし、侍女達も微笑みながら見守ってくれている。問題はない。
……五人でいても時折“自分だけが一人”だと疎外感を感じることもあった。だが私も、いずれは政略結婚する身だ。父も今のうちはと自由に過ごさせてくれている。
思えば、あの頃がいちばん穏やかだった。ほんの短い間だったが、五人で過ごしたあの時間は、何にも代えがたかった。
——けれど、シャルル殿下と私が学園に入学した日を境に、私たちは少しずつ、それぞれの道を歩き始める。五人で過ごしたあの温かな日々は、静かに、そして確かに遠ざかっていった。
* * *
「平民の少女が……入試で一位!?」
私とシャルル殿下は、ソレイユ王立学園の入学式で驚きに顔を見合わせていた。学園では、入学試験で最優秀の者が挨拶をするならわしだ。
てっきり、殿下か私が一位になるものと思っていたが、どちらにも挨拶の打診はなかった。高位貴族の誰かだろうと思っていたが、まさか平民の……しかも少女とは思わなかった。クレマンス・ベラミーという名だった。
ソレイユ王国では、十四歳まではそれぞれの家で勉学を収め、十五歳から学園に入学する。そのまま勤めに出る場合もあるが、成績優秀な者は学園に入学するのが一般的だ。
だが、平民が貴族以上の教育を受けられたとは思えない。
もちろん、負けたことは悔しかった。だが、嫉妬よりも勝ったのは……純粋な興味だった。
一体どうやって、彼女は一位を取ったのだろうか。
「卑賎な身ではありますが、皆様の胸をお借りし、ともに学ばせて頂けますと幸いです」
私は、堂々と話す彼女を見つめた。小柄で細身ながら、ハキハキとした物言いが特徴の、利発そうな少女だった。緑色の瞳は熱を帯びて輝いている。
しかし、真摯な言葉とは裏腹に、講堂には不穏なざわめきが広がっていた。
(このままでは、彼女はやっかまれるだろう)
私は、教室に行ったらまず一番に彼女に声をかけようと心に決めた。そう。貴族としては……便利な駒なら、“潰す”よりも“使う”方がいいに決まっているのだから。
姫様やエティエンヌのような“子供”なら、素直に可愛いと思える。……だがこの少女は、民でありながらも私達の世界に挑んでこようとしている。
ならば、こちらもそれなりの目で見なければならない。入学試験の結果が、ただの“偶然”でないのなら——。
(まずは、話してみるしかない)
これはまぐれか、あるいは——。
だが、この時の私はまだ知らなかったのだ。この少女と、こんなにも長く、共に過ごすことになろうとは。
《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定
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