第一話 三連敗
―結婚できないのは彼のせいか、それとも“陰謀”か―
あなたはどちらだと思いますか?ぜひ、真相を想像しながらお楽しみください。
最終話で当たった・外れたのご報告もお待ちしています。
三連敗だった。私の、婚約話のことだ。
どの相手も決まって「私にはもったいない方だ」と辞退する——それが、なんとなく気味が悪かった。
私は、うすうす感じ始めていた。
——“何か別の意志”が働いているのではないかと。
(いや、まさかな……)
その日、公爵家の執務室は静まり返っていた。秘書官のクレマンスは、私に手紙を手渡したあと、何も言葉を発しなかった。
形式的なお断りの文面を見て、私はため息をついた。手の震えをごまかすように拳を握り、あえて軽口めいた調子で声をかける。
「また、断られたのか」
クレマンスは、困ったように視線を伏せた。有能な彼女が、滅多に見せない仕草だった。
……非常に恥ずかしい話だが、これで三度連続。見合い相手から断りを入れられ続けているのだ。
私はブノワ・ド・ロシュフォール、二十八歳。ソレイユ王国唯一の公爵家の当主を務め、王宮でも補佐官の任を得ている。
正直、結婚などいつでもできると己の立場にあぐらをかいていた。……元来、仕事以外で女性と話すのが億劫だったこともある。
だが、昨年父が急逝し、思っていたよりも早く公爵を引き継ぐこととなった。もはや、先延ばしはしていられない。
私は文官と公爵を兼任する身。できれば領地の運営を任せられる、国内有力貴族の令嬢がよい。
家柄以外は、贅沢を言うつもりはなかった。才覚が足りなければ、部下に任せればよい。容姿にはこだわりはないし、性格も、よほど難が無ければよい。
三人の令嬢たちも、見合い中は美しい笑みを浮かべていた。特にこちらを嫌悪する様子などなかったのだ。……なのに。
(まさか、こんなにうまくいかないとは……)
我が家は王家に次ぐ家柄で、地位も財もある。それはどの家も、ご令嬢方も、疑ってはいないはずだ。
文官としては出世頭だし、国王であるシャルル陛下とも親しくさせていただいている。
性格や性癖も、特別変わってはいないはずだし、顔だって、決して悪くはない……と思う。
これでも学生時代は、女生徒から声をかけられていたのだ。
……最近、顔と腹が弛み始めたような気もするが、それも許容範囲のはず、だ。
だが、なぜ、こんなにも婚約が決まらない?
いや、待て。
私は……昔から、婚活に悩む男たちを見て、どこかで「自分には関係ない話だ」と思っていた。その傲った心が、女性たちに見透かされているのだろうか。
私は、もしかして──“嫌な男”なのだろうか……?
「……公爵様。私は、あなたに救われました。あなたの魅力を理解できるご令嬢が未だ現れないのは——惜しいことでございます」
クレマンスがようやく口を開いた。いつもピッタリとまとめているベージュの髪が、わずかにほつれているのは心労ゆえだろうか。
彼女は、私の学生時代の同級生であり……私に恩義を感じてくれている。部下にしてはやや踏み込んだ発言ではあるが、彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
「……はは。この調子では、王国中の貴族令嬢に振られるやもしれん……私の顔と性格では仕方ないか。まあ、いざとなれば国外も視野に入れればいい」
私の自虐と空元気に、彼女はわずかに眉を顰めたように見えた。
……クレマンスだけではない。新婚の国王夫妻——シャルル陛下とエレオノール殿下にも、婚約中の王妹オクタヴィア殿下にも心配されたのは記憶に新しい。
一体、私はなぜ婚約できないのだろうか?
この時は、相手が見つからないのは自分に問題があるとばかり思っていた。
だが、まさか、あの出来事の裏に、“あんな意図”があったとは——当時の私は、まだ知る由もなかった。
全ての発端は、今から十八年前——私が十歳の頃に遡る。
《全12話予約済》毎日19:10更新/8月16日完結予定
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