088_30万年前のメッセージ1/2
プロメテウスは静かに航行していた。
目的地はエリジオン社の拠点がある惑星ノアリス。
請け負った仕事の報告とプロメテウスの修理が目的だった。
その途中、博士はクラフトからプロメテウスの全データへの完全アクセス権限を与えられていた。
「これからの調査と開発に必要になる。全部見て使える情報を把握してくれ。昔とナビが古巣から持ち出したデータの解析も頼む」
シルバーナでは演算能力が足りず未解読のままだったネメシスの資料も、プロメテウスなら解析可能と判断したのだ。
博士はその依頼を受けてラボへ向かった。
そして出てこなくなった。
■ ラボに籠もる
博士はラボで複数のモニタを立ち上げ、沈黙の中で作業を始めた。
解析対象は膨大だ。
・シルバーナの航路
・船体構造と改修ログ
・戦闘記録
・遭難船の調査データ
・暗号化されたネメシス関連データ
プロメテウスの構造は手馴れたものだ。博士にとって難しい相手ではない。
だがシルバーナのデータに触れた瞬間、博士の表情が変わった。
「……ほう。これは……」
モニタに映る情報を舐めるように見つめ、乾いた笑いを漏らす。
「面白い。面白いですねぇ……シルバーナ進宙以前の航海記録が膨大にありますよ。ざっと三十万年分。数百を超える遭難船の回収記録。そして暗号化された大量の正体不明のデータ。ひひ……これは初めてですよ」
光る画面の前で、博士はまるで宝の山を前にした少年のように笑っていた。
■ 1日経過 ― 生存確認の必要性なし
一日が過ぎた。
博士はラボから出てこない。
カイがクラフトに尋ねる。
「博士、食事をしてないみたいですね。呼んできますか?」
クラフトは椅子にもたれたまま、苦笑した。
「集中してるんだろ。研究者って人種は夢中になると三日は平気で引きこもるさ。放っておけ」
ナビまで、
「博士なら大丈夫ですよ。生体反応も正常です」
と淡々としている。
■ 2日経過 ― クレアの不安
さらに一日が経過し、48時間が経った。
クレアがクラフトに声をかける。
「さすがに丸二日となると気になりますね。キャプテン、様子を見に行きますか?」
クラフトは肩をすくめて笑った。
「まぁ、本人が平気ならそれでいいさ」
「……理解不能です」
クレアの瞳がわずかに曇った。
それでもクラフトは気にしていない様子だった。
■ 3日後 ― 博士、瘦せた姿で帰還する
そして三日目。
ブリッジの扉が開き、博士が姿を見せた。
やややつれた顔、寝不足の目。
だが、その瞳は異様な光を帯びていた。
クレアが真っ先に声をかける。
「博士、そろそろ生存確認に向かうところでした」
「それは失礼しました。つい、夢中になりましてね」
クラフトが笑う。
「何か面白いものは見つかったか?」
博士は待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「ええ、それはもう幾つも。未踏領域のさらに先の星系図、とうに滅びた文明の記録、未知のAIアーキテクチャ……ですが、私が最も惹かれたのは別のものです」
「ほう? 何だ?」
博士は端末を操作し、ブリッジのメインモニタへと接続した。
■ 《過去の人類からの遺産》
表示されたのは、古い形式のパスワード入力画面。
そして上部にひとつのメッセージ。
《これは過去の人類からの遺産である。我々が未来の子孫に望むことをパスワードとして設定した。答えよ》
クラフトが眉を上げる。
「これはまた……ずいぶんと大仰だな」
博士は椅子に腰を下ろし、説明を続けた。
「シルバーナのストレージはには三十万年前からのデータが残っていました。それ以前のものは空白。おそらく初期化か、意図的な削除。しかし」
そこで指を一本立てる。
「これはその三十万年分とは別に、何重もの暗号プログラムによって保護されていたのです。表層のアクセス制限を解除するだけで三日かかりました」
カイが不思議そうに尋ねる。
「博士、暗号化といっても昔のものなら簡単に解読できるんじゃ……?」
博士は首を横に振った。
「残念ながら不可能でした。この船の全処理能力を使っても、“解読にどのくらいかかるかすら算出できない”。全く、信じられないですよ。こんなのは初めてです」
クラフトの表情が引き締まる。
「……で、本題は?」
博士はモニタの隅を指した。
“データ更新者”という項目が点滅している。
「これです。キャプテンの見解を聞きたい」
表示されたのは30万年前の更新者情報
データ更新者:Craft.Yamamoto
ブリッジが静まり返る。
クレアとカイが同時にクラフトを見る。
クラフトは、静かに笑った。
「そうか、そう来るか」
クラフトはまるで、自分だけが答えを知っていたかのように。
そして、どこか愉しげだった。




