083_侵入者
「貨物船クルーの遺体、全て収容完了しました」
報告を受け、クラフトは短く頷いた。
「よし。念のため、接続チューブを切り離しておけ」
「あれ? キャプテン、反応がありません」
カイが端末を叩きながら、眉をひそめる。
次の瞬間
ブリッジ全体に、甲高い警報音が響き渡った。
「侵入アラート!」
ナビの声が重なる。
「チューブ内を、何かが移動しています!プロメテウス内部に侵入!」
ホロスクリーンに映し出された映像。
そこには、チューブを這い上がる鉱物のようなしかし、生命体のように蠢く物体がいた。
金属のような皮膚、機械のような動き。
「おいおい、未踏域とはいえ、これは未知すぎるだろ」
クラフトが低く唸る。
「全隔壁を閉鎖。侵入者を隔離しろ!」
「了解!」
次々と閉じていく隔壁。
プロメテウスの通路が、音を立てて閉鎖されていく。
「キャプテン、チューブの切断が妨害されています。物理的な破壊が必要です」
「格納庫、聞こえるか?」
『もちろんだ、キャプテン』
「シャトルを出せ。外からチューブを吹き飛ばせ」
『了解!』
二機のシャトルがプロメテウスを離脱し、貨物船との接続チューブに向かう。
ブラスターの閃光が走り。
ドォンッ!!
爆音が宇宙を震わせ、プロメテウスの船体が大きく揺れた。
警報が再び鳴り響く。
「なっ……何が起きた!?」
「報告しろ!」クラフトが怒鳴る。
「チューブをブラスターで切断した瞬間、爆発しました。おそらく、侵入体は攻撃を受けると自爆する仕様です!」
カイが即座に分析を返す。
「外殻損傷率、0.8%。航行に支障なし!」
「なんてこった!」
クラフトはパネルをドンと叩いた。
「買ったばかりの船だぞ!」
クレアが静かにため息をつく。
「キャプテン、今はそこじゃないと思います」
「わかってる。命よりクレジットだ。いや逆だ。」
「・・・」
「博士、状況は見ての通りだ。物理攻撃は船体を傷つける。何か手はあるか?」
クラフトの問いに、アディス博士はメガネを押し上げて静かに答えた。
「少し時間をください。それと、サンプルの破片を分析したいですね。リスクはありますが、実物を見ないと分からないことも多い」
「了解。ゲイル、サンプルの回収を頼む。隔離処理を徹底しろ」
「了解、キャプテン」
――数時間後。
ラボの照明が青く揺らめき、分析装置が低い駆動音を響かせていた。
アディス博士は鉱石片をスキャナーにかけ、データを次々とホロに投影していく。
「これは鉱石のフリをした兵器ですね」
「兵器?」
「はい。有機物に反応して攻撃行動を取るように設計されています。AIにも有機素子が使われていたため、貨物船のAIが狙われたのでしょう」
ホロ画面にデータが流れる。
「ネットワーク侵入機能も持っていますが、構造は単純。セキュリティの弱いネットには侵入できますが、強固な防御は突破できない。粗削りな造りです」
クラフトが腕を組む。
「つまり、殺す相手が“人間レベル”ってことか」
「ええ。そして厄介なことに、起動中に外部から強い圧力を受けると自爆します。そして、単体で動くだけでなく、群体で襲う設計になっていますね」
博士はプロメテウスの演算機能を呼び出し、淡々とコードを流し始めた。
「演算力、借りますよ」
どこか楽しげだが、その目は真剣だ。
数分後、ホロに新しいデータが浮かぶ。
「解析完了。通信プロトコルを検出しました。これはかなり原始的ですね。これなら逆利用できます」
「聞こうか」
クラフトの声が落ち着いて響く。
「単純な周波数変調で情報をやり取りしています。ただの“電波の点滅”ですよ。高度な情報のやり取りではなく、昆虫のフェロモンみたいなものですね。この信号を逆手にとって、有機体の反応を偽装する信号を送って、鉱石モードに戻す。要は、寝かせてしまうんです。稼働を停止させてから、回収・廃棄するのが最善です」
「ほう……この短時間でよく見つけたな」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます」
クラフトは口元を緩める。
「偽装による爆発の恐れは?」
「低いでしょう。破片を分析する限り、爆発は外圧でしか起きません。ただし」
博士は指を立てて笑う。
「保証はできませんけどね」
「言うと思ったよ」
クラフトが苦笑する。
「ウイルスの準備にはどれくらいかかる?」
「一時間もあれば充分です」
「やってくれ」
静かな時間が流れる。
ラボには、端末の駆動音と博士の指先のリズムだけが響いていた。
一時間後。
アディス博士が顔を上げた。
「同期パケット、準備完了。実行許可を」
クラフトは短く答えた。
「やれ」
ホロスクリーンに無数のコードが流れ出す。
デジタルの光が網のように広がり、無形のウイルスがネットワークへと溶け込んでいった。
沈黙。
全員が固唾を呑んで見守る。
数分後、モニターに映る鉱石片の群れが一斉に変化する。
「止まりました。活動、完全に停止」
博士の声が静かに響く。
歓声は上がらない。ただ、深い安堵の息が漏れた。
「ドローンを出せ。サンプルはすべて回収。隔離後、宇宙空間で破棄して爆破しろ。安全距離を確保してからだ」
クラフトの指示に、カイが即応する。
カイはドローンを操作し、鉱石片を収集。
数分後、十分に離れた宙域で光が弾けた。
プロメテウスの外殻を淡く照らす閃光。
クラフトは椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「ようやく一段落か、博士良くやった。危うく大損するところだった。」
しかし次の瞬間、ナビが声を上げる。
「キャプテン。近隣の小惑星群に異常な動き。重力波が不自然です」
「またか」
クラフトは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「小型があるなら、大型もあるってことか」




