007 旅立ち
シルバーナのブリッジは、淡い青白い照明に包まれていた。クラフトはメインコンソールの前で黙々と各種点検を進める。
「エンジン冷却系統、正常。センサー類も異常なし。通信回線、安定稼働中……」
ブリッジに響くのは、自動音声による機器の診断結果と、自身の淡々とした呟きだけ。宇宙船の隅々まで、念入りに確認を重ねていく。
「物資の積み込みはどうだ?」
背後の貨物室から運ばれてきた生活物資のパレットを見やる。食料や日用品に混じって、最重要物資であるダイリチウムの詰まったコンテナも積み込まれていた。さらに、希少なレアメタル類も可能な限り詰め込んだ。これが今後の生活とシルバーナの稼働に不可欠な資源だ。
「40日あれば、もう少し余裕があった。船外コンテナも準備して、積み切れなかったダイリチウムを入れることもできたのに……」
彼は小さくため息をついた。時間が足りなかったことを痛感しつつも、現状で最大限の準備を終えたことに満足しなければならなかった。
「それから、移民船のストレージから使える情報を移設中だ。古い記録や航路データ、整備マニュアルなど、何でもシルバーナに転送しておく。これがあれば何とかなるだろう」
膨大なデータの中から必要なものを選び取り、バーチャルストレージに書き込んでいく。静かな緊張感がブリッジを包む中、クラフトは自身の使命の重さを噛み締めていた。
やがて、端末からアラームが鳴り響いた。
「警告。移民船の接近速度が加速しています。現在の軌道では恒星への衝突までの時間が大幅に短縮されました」
AIの冷静な声がブリッジにこだまする。
「早急に出立してください。遅れは許されません」
しかし、クラフトはその言葉を聞き流すように、ゆっくりと移民船の艦橋へ向かった。決断を急がない理由があった。
移民船の艦橋は、薄暗く、古びた設備が並んでいた。ここに搭載されているAIは、いまや時代遅れの旧式モデルだ。だが、それでも長年船を守り続けてきた相棒だ。
「ナビ、移民船のナビゲーションシステムをシルバーナに移設したい。許可を頼む」
「許可はできません」
ナビの声は即答だった。
「役割の放棄はしません。たとえ移設されても、私の存在はAIとして既に旧式で今後の助けになることはないでしょう。」
クラフトは食い下がるが、AIの判断が変わることがないことはわかっていた。
「行きなさい。私の最後の役割は、あなたが旅立つことを見届けることなのです。」
ナビの声に、どこか人間らしい響きが混じった。クラフトは静かに頷き、足早にシルバーナのブリッジを目指した。
シルバーナに戻ると、彼は落ち着いた手つきで発信シークエンスを起動した。
「ドックを開けてくれ」
ナビの回答が届く
「ドック開閉不可、破砕してください」
「了解」
クラフトは2門のブラスターを使いドックの扉を破壊した。
そのまま最大船速で恒星の重力圏を脱出する。
遠くに移民船が赤く燃え、星に吸収されていく様が小さく見えた。
クラフトとシルバーナの旅が始まった。