078_スパルタ教育とクレアの思惑
「ドック、接岸完了。これよりギルド回線に接続します」
クレアの澄んだ声が、静寂を取り戻したシルバーナのブリッジに響いた。磁気係留がロックされ、シルバーナはようやく息をついたようにわずかに揺れる。艦内に漂っていた戦闘の緊張感も、今はすでに過去のものとなっていた。
「回収した戦利品の登録を開始します。艦載データベースと照合、並行してギルドへの転送処理を行いますね」
ブリッジ中央のホログラムに、次々と現れる海賊機の撃墜ログ。クレアは手際よくそれらを選別し、シルバーナのメモリ空間から不要データを整理してゆく。
「すごい数……」
クラフトが後方の操舵席から覗き込み、感嘆の声を漏らした。
「22機……そんなに落としてたか?」
「ええ、小型機中心ですが、分析結果では戦闘不能の機体が22。回収可能パーツ数はおよそ三百を超えています」
「ふむ……」
クラフトは腕を組み、ギルドからの査定結果が表示されるのを食い入るように見守る。そして――表示された金額に、顔がほころんだ。
「撃墜報酬、7,700万クレジット……さらにパーツ売却で2,000万か! 合わせて9,900万クレジット!討伐報酬でこんなに気持ちいい数字は久しぶりだ!」
「キャプテン……子供みたいに笑うの、やめてください」
「だってよ、クレア。これだぜ? 海賊討伐って、こんなに稼げたのか……今まで俺とお前とナビだけだったから、回収なんて二の次だったが……」
クラフトの視線が、ブリッジ脇に立っている少年、カイ・レインへと向けられた。
「お前のおかげだよ、カイ。お前はいい傭兵になれるぞ!」
「いや、ちょっと待って、それ誉めてるのか……?」
「もちろんだとも!」
クラフトは勢いよくカイの背を叩き、照れたように苦笑する彼の肩をぐいと引き寄せる。
「よし、ノアリスの高級焼肉店、行くぞ! 今夜は盛大に祝う!」
焼肉パーティの翌日から、クラフトはというと――
「お、また海賊討伐の依頼が出てる……うん、これ行こう!」
「キャプテン、またですか? 今週すでに三件目です」
「だって儲かるんだもん」
クレアがあきれ顔でため息をつく横で、クラフトはギルドの依頼一覧に夢中だ。儲かるとわかった瞬間から急に勤勉になるキャプテンに、クルーの誰もが呆れ半分、諦め半分だった。
そんな中、カイの毎日は一変した。
「え、今日は模擬戦? 昨日は戦闘訓練だったのに……」
「では始めますよ。武器を取って、構えてください」
クレアのスパルタ教育は止まらない。
戦闘訓練、戦術理論、艦内整備、緊急対応、学ぶべきことは無限にあるように思えた。
「無理だ、凡人の俺には……とてもじゃないけど……」
訓練後、肩を落とすカイの前に、クレアが静かに立つ。
「カイ、一つ聞きますが。あなた、キャプテンに勝つのは無理だと思いますか?」
「……対人戦闘なら100%無理」
「エアバイクや戦闘艦なら?」
「うーん、100回やったら99回は負けるね。でも、準備を重ねて、工夫して、最後の1回なら……勝てるかもしれないとは思う」
クレアは微笑んだ。
「カイ、その通りです。最初から天才なんていません。あの技術も、才能に見えるものも、努力の積み重ねなのです。あなたなら、届きます」
「……」
言葉を返そうとしたカイは、一拍置いてから顔を引き締める。
「クレアさん、おれは……」
だがその言葉は、クレアの明るい声に遮られた。
「さあっ、続きを始めますよ! 構えなさい!」
「ええええぇぇ……」
夜。ブリッジには薄明かりだけが灯り、外宇宙の星々が黒い窓に滲んでいた。
「……データ転送、完了。ギルドからの支払いも確認しました」
ナビとクレアが作業をすすめながら会話をする。
ナビの猫型リモートボディは、椅子の上で丸くなっている。だがその声はいつもの冷静さを保ったまま、ブリッジに響く。
「カイの訓練、順調なようですね」
「筋はいいですね。対人戦闘はまだまだですが、整備の腕はあと数ヶ月で一人前といえるでしょう」
「戦術思考と分析能力が加われば、傭兵としても申し分ない」
「彼は、当初は技術職志望でしたけどね」
クレアは優しく笑う。
「才能を見ると……育てたくなるのが人情というものです」
「それだけでは説明がつかないですね」
ナビの皮肉めいた言葉に、クレアは肩をすくめる。
「まあ、そうですね。実務的に言えば……ライムワードを動かすには、相応の副指揮官が必要ですから。クラフトが前線に出る以上、ブリッジを任せられる存在がいるに越したことはありません」
「彼なら?」
「時間をかけて訓練すれば、十分可能です」
「問題は、その前に壊れてしまわないか……」
「……大丈夫。新しい船には、専用の医療器材が揃っています」
クレアは一瞬だけ目を伏せ、それから微笑む。
「頭だけ残っていれば再生可能ですよ」
ナビの猫耳が、ぴくりと動いた。
「……やはり、あなたはときどき怖いですね、クレア」
「そうでしょうか?」
静かなブリッジ。
そこに響くのは、人工知能とアンドロイドが交わす、どこか温かく、そして果てしない未来への静かな会話だった。




