076_見習い技術者船に乗る
いまさらですが、プロローグを追加しました。
一番最初のエピソードに挿入しましたので良ければそちらもご一読くださいませ(^^♪
●シルバーナ船内、カフェエリア
今はまだ朝の空気が残る時間帯。クラフトとクレアが、並んで軽食をとっていた。
「……結局、昨日はナビ、戻らなかったみたいだな」
スチームの立ち上るカップを片手に、クラフトがぽつりと呟く。
「ええ。カイのところに泊まったようですね。」
「アイツが船を空けるなんて珍しいな」
クラフトはパンをちぎりながら楽し気に話す。
「今日って何か予定あったか?」
「いえ、特にございません。ただ、昨日のうちに、技術要員の募集をギルド経由で出しておきましたので、午後あたりには応募があるかもしれません。目に留まれば、動きも早いかと」
「……じゃあ、しばらくはまったり待ちますかね」
「ええ。良いと思いますよ。静かな朝も、悪くありませんから」
ゆっくりと時間が流れるなか、カフェエリアにはほのかな光と、機関の低い振動音だけが満ちていた。
ギルド本部は都市の中心にそびえるタワー型施設の上層にあった。
カイはナビのリモートボディを連れて、技術者登録のために訪れていた。
受付で対応にあたったのは、タブレットを手にした女性スタッフだった。
「傭兵ギルドへの技術者登録ですね。宇宙船の整備経験、あるいはアカデミーの修了履歴は?」
カイは小さく首を振る。
「ありません。でも、エアバイクの整備とカスタマイズはずっとやってきました。先日のレースでは、その機体で優勝しています」
「エアバイクレースの……あなたが、あの優勝者ですか」
スタッフは端末に情報を入力しながらうなずいた。
「実務経験があれば、見習い技術者としての登録は可能です。ちょうど、昨夜登録された案件がありますよ。小型船のメンテ経験がある人材を求めていて……」
「それに応募しようと思ってます」
「良い判断です。依頼元とは面識がありますか?」
「ええ。エアバイクのカスタマイズで設備を貸してもらいました」
「それは心強い。報酬額も大事ですが、宙に出たら人間関係が生活の質に直結しますからね。初めて船に乗るなら、応募前に航海記録や戦闘記録を確認しておくといいですよ。過去の案件の傾向や、船の方針が見えてきます」
カイは「なるほど」と素直にうなずいた。
その後の講習では、安全規定や簡易ギルド法、案件の責任区分などが解説された。カイはすべてを真剣に受け止め、一言も聞き漏らさなかった。
講習終了後、ナビがひょいと横から口を開いた。
「お腹すいたにゃ……」
「飯にしようか」
二人は食堂で簡単な昼食を取り、食後には街のショッピングモールに立ち寄った。
「何を買うのにゃ?」
「手土産。クラフトさんとクレアさんに、感謝の気持ちを伝えたい」
選んだのは、上質なティーセットと評判のスイートブレッド。
その足で、カイはシルバーナへ向かった。
《シルバーナ》の格納ベイ。カイは紙袋を手に、ナビと共に船内を進む。
「ほんとにこれでいいのか……」
「いいにゃ。焼きたてにゃ。クラフトたちも喜ぶにゃ」
カフェエリアでは、クラフトとクレアが軽食をとっていた。
「こんにちは。これ……その、いろいろお世話になったので」
スイートブレッドの入った袋を差し出すと、クラフトが笑った。
「律儀なやつだな。うれしいよ」
カイは続けて、ギルド登録証を取り出す。
「今日、技術者登録を済ませて……シルバーナの案件に応募してきました。選考の話って、どうなってるんでしょうか?」
クレアが優しく説明する。
「今回は見習いですから、履歴書などではなく、船の判断に任されます」
「じゃあ……お前で決まりだ。俺はそのつもりだった」
「え、ほんとに……? ありがとうございます!」
「じゃあ条件の説明だ。基本給は月60万、成果報酬は別途。保険はギルド保険で、掛け金はこっち持ち。三ヶ月後に納入される新型船の整備が主な仕事になる。ナビと乗船スケジュールを調整してくれ」
ナビが元気よく跳ねる。
「了解にゃ! ……ただ、足がないにゃ。エアバイク壊れたにゃ」
「整備済みのを一台持ってけ。好きに選べ」
「ありがとうございます!」
喜びを隠しきれない様子のカイだが、ふと真顔で言った。
「せっかくなので、船内を見て回ってもいいですか?」
「ナビ、案内してやれ」
「任せるにゃ!」
ナビの先導で、カイは《シルバーナ》の船内を一つひとつ見て回った。
格納庫、エンジンルーム、居住区、武器庫──そして最後に案内されたのは、艦橋。
つまり、この船の心臓部だ。
「すごい……どこもかしこも、本格的すぎる……」
パネル一面に並ぶ物理スイッチとホロ操作の複合インターフェース。
指先で触れただけで、反応が返ってくる精密な計器群。
「当然にゃ。《シルバーナ》は歴戦の船にゃ」
ナビが胸を張るように言った。
その言葉に、カイはふとギルドスタッフの言葉を思い出す。
「航海記録を見ておくといいですよ」
「……そういえば、航海記録って、見られるのか?」
「見られるにゃ。端末から航海ライブラリにアクセスできるにゃ」
カイが端末に近づき、ログイン認証を済ませると、一覧が表示された。
映像ログ──戦闘記録、救助活動、交易ルート、緊急出動……膨大なデータだ。
「ええと、適当に再生……っと」
最初に開いたのは、バックス星系での映像だった。
──巨大なアリーナ。その中央に浮かぶのは、見慣れた《シルバーナ》ともう一機
──次の瞬間、2機は全速で直進し、すれ違いざまにブラスターを撃つ。さらに急上昇からのジャックナイフターン。
「……これ、見間違いじゃないよな?ジャックナイフターンてエアバイクの機動だろ?」
次の映像に切り替える。
ドクタス星系──巨大なワームの影。モニタを埋め尽くすワームの群れ
──咆哮とともに飛び出すモンスター。
──それに対し、ブースト全開で突撃する《シルバーナ》。
──ワームの頭部にダイレクトに一撃を叩き込む衝撃映像。大量の反応弾で小惑星帯の一部が消滅する。
「いや、ちょっと待ってくれ……」
震える指で次のログへ。
──ターリーズ星系。海賊艦隊の母艦、赤くマークされた敵船が数十隻。
──それに対し、単機で突入する《シルバーナ》。
──シールド全開、火力全開、敵陣を強引にぶち抜き、母艦を単騎で撃破する。
「な、なんだこれ……」
カイの背筋に冷たい汗が伝った。
血の気が引いて、手がじわりと震えてくる。
「やばい船じゃないのか、これ……」
ナビは自慢げにうなずいた。
「そうにゃ。《シルバーナ》は、宇宙最強級の暴れん坊にゃ」
「海賊艦隊を、正面からぶち破って、誰も死んでないって……」
「キャプテン、無茶な時はほんとに超無茶にゃ。でも、それが《シルバーナ》にゃ」
理解が追いつかない。
いや、わかってはいる──これは、もう戦争みたいな領域だ。
「……こんなの、聞いてないんだけど……」
カイはそっと端末から手を離し、天井を見上げたまま固まった。
脳内で何かが悲鳴をあげている。
「場違い」──という言葉が、静かに胸の奥で響いた。
「考え直した方がよかったかもしれない……」
本気で言ったつもりだった。
だが、隣のナビはにっこり笑って、さらりと言い放った。
「もう遅いにゃ。カイは、今日から正式な《シルバーナ》のクルーにゃ!」
その一言で、カイは力が抜けたように笑った。
「はは……まったく、とんでもない船に来ちまったな……」
どこか呆れたような、しかし腹をくくったような苦笑い。
それが、彼の新たな宇宙での第一歩だった。
お読みいただきありがとうございました!
感想や評価をいただけると、執筆の励みになります。
引き続き、よろしくお願いいたします!




