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誰もいない宇宙船で目覚めたら最強だった件について  作者: Sora
六章 エリジオン星系 辺境宙域編

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075_静かな招待状

●表彰式

眩しいライトに照らされながら、カイは表彰台の中央に立っていた。

拍手と歓声が降り注ぐなか、巨大なホログラムトロフィーと優勝賞金──1000万クレジットのデータが転送された端末が、司会の手から手渡される。

肩の筋肉がじわりと熱を持ち、スラスターの焼き付きとともに戦いが終わったことを思い知らされた。


スタジアムの観客席、やや離れた場所でクラフトとクレアがその様子を見つめていた。

「やったな、あいつ」

「ええ、本当に」

そこへ、よれよれの姿で猫型AIナビがやってくる。自分のAI基盤ユニットのケースを引きずりながら。

「やっと追いついたにゃ。だれか、砂漠のど真ん中にAI投げ捨てる非常識パイロットの処分を求めるにゃ……」

クラフトが苦笑しながらしゃがんでケースを受け取った。

「お疲れさん。よく生きてたな」

「良い働きでしたね、ナビ」

クレアが手を叩いてほほえむと、ナビは誇らしげにひげをぴんと立てた。

「もっと褒めるにゃ、労るにゃ、そしてまたたび茶を用意するにゃ」

 クラフトが立ち上がり、背中を軽く叩いた。

「すまんがその元気、牽引に使ってくれ。カイのエアバイク、もう動かならしい。指定のエリアまで引っ張ってやってくれないか。必要ならシルバーナで修理してもいい」

「まかせるにゃ……って、それだけ? せめて表彰式に連れていってくれてもよかったにゃ……」

「あと、お前の基盤はシルバーナに戻しといてやるからな」

「くれぐれも慎重に扱うにゃ、雑な扱いは絶対ダメにゃ!!」

ナビを残して、クラフトとクレアはシャトルへと向かった。

上昇する機内。ふたりきりの静けさのなか、クラフトがふと問う。

「新しい船のクルーの件、ギルドに募集かけとくか」

「はい。船の引き渡しはまだですが、早めに動いた方がいいと思います。募集要項に少し加筆してもよろしいですか?」

「ああ。任せるよ」


 *


●整備ドック

騒がしかったレースの余韻はここにはない。

人けのない夕刻、壊れたエアバイクを前に、カイは無言でしゃがみ込んでいた。

焦げついたスラスター、溶けかけたフレーム。

ここは、ナビと出会った場所でもある。

「にゃっ!」

猫の鳴き声とともに、ナビがぴょこんと顔を出した。

「あっ……」

カイが振り返り声をあげた。

ナビの耳がぴくりと動き、声を荒げる。

「なんにゃ、その反応は! まさか、迎えに来るのを忘れてたとか言わないにゃろうな?優勝の功労者に対して失礼にゃっ!」

カイは慌てて笑った。

「そんなことあるわけないさ。いや、本当にごめんごめん。ほら、これ」

小さな茶葉の包みを取り出して差し出す。

「またたび茶、ちゃんと用意しておいたよ」

「そういう大事なことはもっと早く言うにゃ……」

ふんふんと香りを嗅いだナビは、次の瞬間、地面にごろんと転がって、だらしなく体を伸ばした。

「うにゃ~……極楽にゃ……」

しばらくごろごろしてから、ふと機体を見上げる。

「バイク、動かないって聞いたにゃ」

「ああ。スラスターが完全に焼けてる」

「牽引するにゃ。レースは無理でも、修理すればまだ走れるにゃ」

「助かるよ。どうしようか、迷ってたとこなんだ」

ナビは立ち上がり、ぴしっと姿勢を正した。

「なおすなら数日かかるにゃ。だから船に泊まるといいにゃ」

カイは少し考え、ゆっくりと首を横に振った。

「いや。家まで牽引してくれるか。この機体はもう……限界だと思う」

寂しげな声に、ナビは目を細めた。

「……承知にゃ」


"●カイの家

荒涼とした大地を、ナビがカイのバイクを牽引してゆく。目的地はレース会場からおよそ二十キロ離れた場所だった。舗装もされていない土道の果てに、ようやく一軒の建物が見えてくる。

「随分と殺風景なところにゃ。一人暮らしにゃ?」

「ああ。ここは昔、開拓民の駐機場だったんだ。宇宙船が何隻も停まってた。だけど……海賊に襲撃されてさ。俺の家族も、いなくなった」

ナビは足を止めた。その目が、いつになく静かになる。

「それから、ここに住む人はいなくなった。誰も来ないし、誰の声もしない。でも、バイクのカスタマイズにはうってつけだ。俺は……けっこう気に入ってる」

無理に笑ったような声だった。ナビはしばし黙った後、ぽつりとつぶやく。

「悪いこと、聞いたにゃ。でも、もう少し市街地に近い方が便利にゃ」

「まあな。ほら、入れよ。何もないけど」

「にゃっ、功労者に出来る限りの歓待をするにゃっ」

カイは苦笑しながらガレージの脇にあるドーム状の家へと案内した。中はシンプルだが清潔だった。手慣れた様子でキッチンに立ち、肉と豆を炒めて二人分の夕食を作る。

「ほぉ、手際がいいにゃ。またたび茶も出すにゃ」

ナビが得意げに自前のカートから湯気の立つ茶器を出すと、カイが吹き出した。

「なんだよそれ、ちゃんと用意してたのか」

「もちろんだにゃ。料理も、なかなかイケるにゃ」

そう言いつつ、ナビは皿の中に顔を突っ込み食べる。その姿はネコそのものだった。思わずカイが呆れると、ナビは口をもぐもぐさせながら弁明した。

「これはこのボディのせいにゃ。キャプテンがケチって猫型にするから、ペットロイド用の頭脳にひっぱられてしまうにゃ。ほんとはもっと、こう、知的なAIなのに」

「そうなのか。お前の船って、なんか面白いのな」

食事が終わると、カイはドームの外に出て、テラスに立った。夜風が涼しく、空は澄んでいた。

「来てみろよ。ここに住んでる理由がわかるぜ」

ナビがとことこと歩いてくると、カイが指差した。空には、言葉を失うほどの星々が広がっていた。無数の光がきらめき、まるで天の川に包まれているようだった。

「この場所に住んでるのは、星が見えるからだ。いつかあの星の海を渡るんだって、そう決めてレースに出た」

カイはそう言って、手にした情報端末を見つめる。

そこには、傭兵ギルドのクルー募集掲示板が表示されている。

「このレースに優勝したら、ギルドに技術見習いとして申請するって決めてたんだ。俺みたいなただの整備屋でも、チャンスはある」

最新の募集に目が止まる。目に留まったのは、そこに添えられた一文。


『シルバーナ技術要員募集。定員一名。

条件:整備・航行関連の基礎技能保持者、または小型機での実践的実績(例:サーキット等での優勝歴)を有する者。星を見上げ、その先を目指せる者なら、なお望ましい』


カイは一瞬、息を止めた。

「これって」

ナビがそっとつぶやく。

「これはクレアの仕事にゃ」

「“星を見上げてその先を目指せる者”って……まるで」

「そういうことにゃ」

カイは胸の奥に熱が灯るのを感じながら、そっと端末を伏せた

もう一度、星空を見上げる。

まだ遠い。でも、きっと届く。

星々は、静かにその背中を押していた。


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