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誰もいない宇宙船で目覚めたら最強だった件について  作者: Sora
六章 エリジオン星系 辺境宙域編

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073_エアバイクレース決勝戦 前編

●決勝当日の朝

シルバーナの格納庫でカイはひざを折り、静かにその前に座り込んでいた。

目の前にあるのは、小さな金属製のボトル。

その中には宇宙船のスラスター用に精製された高純度の発火剤が封じ込められている。

「一回きりの魔法だな……」

彼は誰に言うでもなくつぶやいた。これを燃料に混ぜれば、爆発的な加速を得られる。

しかし、その代償はあまりに大きい。スラスターは間違いなく破損する。旧型のユニットがこの負荷にどれほど耐えられるか予測はできない。

仮に持ちこたえたとしても、数十秒が限界だろう、数十秒さえ危ういかもしれない。

AIナビの支援を得て、エアバイクの改造は想定以上の仕上がりだった。

走行中の最適ライン選択、空力バランスの微調整、すべてをリアルタイムで演算してくれる。

それでも、マシンのベース性能が競合に劣る事実は変わらない。

「上位には食い込める。でも……それだけじゃ意味がない」

最後の直線10キロの勝負どころ。

そこまでどれだけトップグループに肉薄し、どこで火を噴かせるか。

30秒か。あるいは、40秒。

決めなければならないのは、発火剤を点火するタイミングだけ。

「使わない手はない。ただ、使うなら、勝ちきるために使う」

カイは立ち上がると、無言で予備タンクの栓を外した。

銀色のボトルから、発火剤が細く流れ込んでいく。

その音は、不思議と静かだった。

ナビが問う。

「覚悟は、決まったにゃ?」

「ああっ決まっているさ」

 空が、少しずつ明るくなりはじめていた。


●レース会場・観客席

観客席に広がるざわめきは、朝の空気を押しのけるように熱気を帯びていた。

無数のホログラム広告が空中を漂い、カラフルなフロートがレースの開始を煽るように舞っている。

「お、始まるな」

クラフトはサングラスを押し上げ、横のクレアに軽く肘で合図した。

「はじまりますね」

クレアはポップコーンのカップを片手に、視線を遠くピット方面に向けていた。

カイとナビの機体が静かにエンジンを温めているのが、ちらりと見える。

クラフトは笑いながら、ポップコーンをひとつつまんだ。

その瞬間、スタジアム全体に司会のハイトーンな声が響き渡る。

「さあ、いよいよ始まります! 第38回エアバイクグランプリ、決勝戦!」

観客席の頭上に、巨大な立体映像がふわりと浮かび上がった。

コース全体を俯瞰した映像だ。全長50キロに及ぶコースが、3D画像となって空に浮かぶ。

「それでは、今年のコースのポイントをおさらいしましょう!」

司会の声にあわせて、ホログラムが動く。

「まずはスタート直後の第一区間・15キロの超直線セクション! ここで上位に食い込まなければ、次の難所での逆転はかなり厳しいぞ!」

ラインの一部が赤く光る。まっすぐに引かれた直線。その長さに、場内がざわめいた。

「続く第二区間・ガルデ渓谷!幅30~50メートル、高さ200メートルの細道に、連続の急カーブが待ち受ける! ここではライン取りの精度が命!」

映像が渓谷にズームインする。鋭く折れ曲がった道が、断崖絶壁の間を縫って続いていく。映像だけでも、その難しさが伝わってくる。

「そして渓谷を抜けた後の第三区間直角ターン! 90度の旋回は、機体性能とパイロットの腕前が試される! 速度を落とさずに曲がれるかがカギだ!」

「最後は勝負の第四区間・10キロの終盤直線! 推進力、加速性能、そして勝利への執念が試される!」

ホログラムがフィニッシュラインまで伸びると、場内から一斉に歓声が沸いた。選手たちのエアバイクが、次々とスタートラインに並び始める。

「来ましたね」

クレアがつぶやく。カイの機体がゆっくりと姿を現し、スタートグリッドの一角に収まる。

クラフトはポップコーンをひとつ放り込み、目を細めた。

「さあ、カイ……どこで仕掛けるつもりだ?」"

「レース、スタートまで10秒前!」

 司会のカウントがスタジアム全体に響いた瞬間、空気が一変した。

 巨大ホログラムにカウントダウンが映し出され、観客たちは息をのむ。

 25機のエアバイクが、横一列で整列。

 カイの両隣にも、まるで猛獣のような異形の機体が迫るように並んでいる。

 わずか1メートルの間隔。スラスターからは青白い蒸気が立ちのぼり、空間が熱を帯びていた。

《ナビ、全系統チェック》

「オールグリーンにゃ。燃料安定、スラスター良好。問題なし!」

 カイはヘルメット越しに一度目を閉じ、深く息を吐く。

「5、4、3、2、1 スタート!!」

 轟音が爆ぜた。スラスターが咆哮を上げ、25機の機体が一斉に空へ跳ね上がる。

 ものすごい風圧と加速Gに体を押し潰されながら、カイはスロットルを叩き込んだ。

(前に、前に出る!)

 視界が伸びる。地面が一気に遠ざかり、空が裂ける。

 スタート直後の15キロ直線を、機体たちが濁流のように突き進む。まるで空を走る弾丸の群れ。

「うおっ、やっぱりえげつねぇ加速だな……!」

 観客席でクラフトが驚きにポップコーンを取りこぼす。

 先頭を走るのは3機。赤と黒のカラーリングが鮮烈な最新カスタム機体。

 今季優勝候補と噂される、化け物じみたチームの一角だ。

(……速ぇな、あの連中)

 その後方、やや遅れて5機の集団。高性能機が混ざっているが、性能差は歴然。

 カイは、そのさらに後方。単独9番手。

《ナビ、位置は?》

「現在9番手。最高速度維持。燃焼効率、安定。渓谷進入まであと12キロにゃ」

「悪くない。渓谷で詰める」

カイの機体は旧型だ。ストレートでは勝負にならない。

だが、ライン取りと判断精度なら、まだ戦える。

風を裂きながら、カイは一瞬だけアクセルを緩め、先行機の影に滑り込む。

その背後に付き、空気抵抗を利用して加速するいわば、空中のスリップストリーム。

「落ち着いていますね」

 観客席でクレアが呟く。

「奴の本番は渓谷からか。あそこで仕掛けるのは、相当な覚悟が要るが……」

クラフトの声に、観客の視線が一斉にスクリーンに集中する。

前方、ガルデ渓谷が迫っていた。

そこから先は一気に道幅が30メートルに狭まり、抜け道は限られる。

しかも中は複雑なカーブの連続。ここで順位を上げるには、命を賭ける覚悟がいる。

《ナビ、前方状況》

「7番手と8番手が並走中。その間、隙間0.9メートルにゃ。抜けるにはギリギリ……!」

「ベクトル修正、右寄り。0.3度。行くぞ」

「接触のリスク、高いにゃ!」

「構わない突っ込む!」

スロットルをわずかに開く。機体が滑るように右斜め前へ。

目の前に迫るのは、二機のカスタム機体そのわずかな隙間。

(ここしかない!)

「ここでカイ選手、内側に切り込んできたァッ!!」

 実況が絶叫し、観客が一斉にどよめいた。

 カイの機体が、音を置き去りにするように滑り込む。

 風が、火花が、スラスターの熱が機体を焼く。

 ギリギリをすり抜け抜いた!

《進入成功。現在6番手。渓谷突入まで、残り500メートルにゃ》

「よし」

 前方、黒い岩壁が牙のように開いていく。

 空の幅が狭まっていく中、カイの心は静まり返っていた。


●中盤 ガルデ渓谷

黒く切り立った岩壁の間を、カイの機体が滑るように進入していく。

ここは幅30メートル、高さ200メートルの空の迷路、ガルデ渓谷。

急カーブが立て続けに襲いかかる、勝負の核心地帯だ。

「第1カーブ、進入角23度。インベクトルに沿って0.5秒早く旋回を,3,2,1,今!」

ナビの声が響くや否や、カイはスラスターを左に吹かし、機体を内側に滑り込ませる。

目の前には、赤いエアバイク。その機体との距離、わずか数十センチ。

「行く……!」

カイはギリギリまでブレーキを引きつけ、コーナーの apex をなぞるように舵を切る。

わずかに遅れた赤いエアバイクの外側を、鋭くすり抜けた。

「おおっと!カイ選手、ここでインを差したァ!! コーナーで一機抜いたァッ!これで5番手に着いたぁ!」

観客席がどよめいた。ホログラムにカイの機体が大写しになる。

「……あそこで突っ込んでいける度胸は、なかなかのもんだな」

クラフトが目を細めてうなる。ポップコーンを手にするのも忘れていた。

第2カーブにさしかかる。

「前の4番手、ラインが膨らんでる……」

カイが気づいた瞬間だった。

前を行く機体が旋回に失敗。スピードを殺しきれず、そのまま渓谷の壁面に突っ込んだ。

ズドンッ!!

次の瞬間、轟音とともに炎が走った。燃料が爆発し、コース上に赤い火の壁が広がる。

「アラート! 進路前方に炎。回避推奨! ルート提案:下方通過、推定クリアランス0.9メートル!」

「……了解。くぐる!」

カイは即座に機体を沈め、スラスターを絞る。速度を落とすわけにはいかないが、ぶつかるわけにもいかない。

焼けるような熱風が機体の下部をなぞる。

「いけぇ……!」

カイの機体は、火のカーテンの下をわずか数十センチの隙間でくぐり抜けた。バーニアが火をかすめ、後方に一瞬だけ赤い尾を残す。

後続の数機が、そのまま炎に突入した。

「うわあああっ!」叫びとともに、視界を奪われた機体が壁面に衝突し、爆発する。

「後方、3機脱落。視認不能。現在4番手にゃ」

ナビの報告が静かに続く中、観客席は大騒ぎだった。

「今の反応速度、AI支援だけじゃ無理だろ。思い切りが良いだけじゃないな」

クラフトが思わず立ち上がる。

「ふふっ、やるじゃないですが2人とも」

クレアが楽しそうに呟く。

カイはただ前を見据えていた。

渓谷の奥へと、なおも速度を落とさず突き進んでいく。


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