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誰もいない宇宙船で目覚めたら最強だった件について  作者: Sora
六章 エリジオン星系 辺境宙域編

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072_またたびで釣られたAIの末路

ご閲覧ありがとうございます。

少しでもお楽しみいただければ幸いです。

エリジオン・アストロテック本社の高層ビルを後にしたクラフトとクレアは、ビル街の間をゆっくり歩きながら《シルバーナ》へと戻っていた。

「納期は……九十日ですね」

「まあ、そんなもんか。あの性能なら妥当だろ」

彼らが発注を終えたのは、次世代型ディープスペース仕様艦《ライムワード級》の特注モデル。その船は、クラフトたちの今後の探査活動の母艦となる。

「高い買い物でしたが、技術主任の方が言っていたように、性能面には間違いないでしょう」

「ま、信じるさ。こっちも覚悟決めて頼んだしな」

クレアがふと問いかける。

「そういえば、クルーの件はどうしますか? 先方の方も気にしていました」

「まだ具体的には決めてない。増員の方向では考えてるが、ナビとも相談してからだな」

クラフトは空を見上げ、ため息をついた。

「……ナビのやつ、まだカーゴルームで少年とエアバイク弄ってるらしいな」

「もうすぐ完成すると報告がありました。お顔を出されますか?」

「そうするか。放っておきすぎたしな」


―――


《シルバーナ》のカーゴルームでは、少年が作業台の傍らで床に寝転がって眠っていた。その隣では、猫型のナビが完成したエアバイクをじっと見つめていた。

「よう。終わったようだな。出来栄えはどうだ?」

ナビはくるりと振り返り、誇らしげに言った。

「なかなか見事にゃ。独学の割に技術の基礎がしっかりしているにゃ」

クラフトがエアバイクに目をやり、カスタマイズの箇所を丁寧に確認していく。

「……たしかに、これはよくやったな」

「キャプテンはこの機体、どう見るにゃ?」

「旧式の機体ながらよくできてる。先のことを考えずに、一回だけの戦いに全力を注ぐなら、勝負になる可能性はある。だが……」

ナビが続きを促すように小さく瞬きをした。

「戦闘もレースも、相手があるもんだからな。相手も奥の手を持ってると考えるのが妥当だ。そうなると厳しいだろうな」

「たしかに、この機体は良くできているにゃ。でも旧型機ベースのカスタマイズが最新機にどこまで通用するかは未知数にゃ」

「そういうことだな」

二人の声に反応して、少年が眠たげに目を開けた。

「あっ……おはようございます!」

ナビが紹介する。

「この方が《シルバーナ》の艦長、クラフトにゃ」

「ど、どうも! 本当に設備貸してくださってありがとうございました!」

クラフトは軽く頷く。

「良い出来だ。競合の仕上がりにもよるが、勝負になる機体に仕上がっている」

その言葉に、少年は強くうなずいた。

「この機体でできる最大限はやりました」

そこへクレアも姿を現す。

「お疲れさまです。バイク……良い出来ですね。十分戦えそうです。上位入賞も見込めるのでは?」

クラフトが苦笑いする。

「おいおい、クレア。こいつは優勝を狙ってるんだぞ。その言い方はちょっと……」

しかし少年は何も言わなかった。

彼自身、最新バイクとの性能差やAI制御の差を痛感していた。どれだけ創意工夫で埋めても、決め手にはなりきらない。

「これにAIの予測が加われば、トップ争いも可能でしょう」

不意にクレアが口にした言葉に、ナビが警戒するように耳を立てた。

「ナビ、最初からそのつもりなのでしょう?」

「??? 外部演算は禁止されてるにゃ。規定違反にゃ」

「何を言っているのです。あなたも載ればいいのですよ。せっかく猫型ボディなのですから」

「いやいや、AIの基盤はシルバーナにあるから、ボディだけ乗せても外部演算に該当してしまうにゃ」

「ですから、AI基盤ごとバイクに載せればいいのです」

「ええっ!? クレア、それってシルバーナのAIをこいつに移植するってことか?」

「はい。一時的にですが。そうなればトップ争いに入れるでしょう。少なくとも、AI不在によるハンディは完全に埋まります」

「おいおい、船の防御ががら空きになるぞ」

「このドック内ですし、せいぜい半日です。リスクは極めて少ないかと」

ナビがぐるぐるとしっぽを巻きつけながら、言葉を詰まらせた。

「ちょっと待つにゃ。仮にAI基盤ごと乗せて、バイクが大破したらどうするにゃ……?」

クレアはナビの不安そうな表情に、柔らかな笑みを浮かべた。

「何を言っているのです、シルバーナの戦術AIが、たかだかバイクレースで大破するわけがないでしょう。勝てる可能性を最大化する手段を取らない理由はありません」

ナビの演算回路が、わずかに揺らぐのがわかった。

「それに、破損したとしても、緩衝ユニットに基盤は守られます。最悪の事態は回避可能です」

クラフトは二人のやり取りを静かに見守り、苦笑いを浮かべた。

「……ナビ、お前がそこまで肩入れするとは思わなかったよ。やれ。好きにしろ。もしものときは、俺が直してやる」

「キャプテン……ちがっ!」

クレアが静かに歩み寄り、ナビをひょいと抱き上げ、その口を優しく指で押さえた。

「もう、無駄な反論はやめてくださいね」

そのまま頬を寄せ、柔らかな声で囁く。

「あなたも、勝利を望んでいるのでしょう?だからこそ力を貸した」

ナビは言葉を飲み込み、クレアのぬくもりに少しだけ心を許した。

≪たしかに……このままじゃ、あの子は勝てない可能性の方が高いにゃ……ここで勝てれば、宇宙に出る道も開ける……かもしれないにゃ……≫

「だが、AIの存在がバイクごと爆散したらどうするにゃ……!? そのときは、芳しいまたたび茶葉とともに宇宙の藻屑っ!!」

クレアが力を込めてナビを抱きしめるとナビの言葉は途中で止まった。

ナビはクレアに抱かれながら、しっぽで顔を覆った。

「うう……にゃにゃにゃ……こんなはずではなかったにゃ……おとなしく艦内巡回だけしてればよかったにゃ……これが人間の情熱というやつにゃ……演算では測りきれないにゃ……」

少年はその様子を不思議そうに見つめていたが、クラフトはニヤリと笑った。

「……さて、レースが面白くなってきたな」


―――


深夜、シルバーナのブリッジ。

ライトは落とされ、控えめな照明だけが各コンソールをぼんやりと照らしていた。

静まり返った空間で、クレアは器用な手つきで艦内コアユニットのハッチを開け、内部に格納された直径30センチほどの球状モジュールをゆっくりと取り外す。

「……私はあくまで助言をしただけです。カイにアドバイスし、工具の使用を仲介した。それ以上の責任はないはずです」

ナビの声は淡々としていたが、どこか不満げだった。

「エアバイクに“私が”乗る予定など、最初から存在しなかった。あの発言は、リスクだけでリターンが存在しません。――なぜ、あのような提案をしたのですか?」

問いかけに手を止めず、クレアは淡く微笑んだ。

「キャプテンは、新しい船の仕様をほぼ固めました。そして乗員の構成は、これから考えると」

「それは聞いています。人員は傭兵ギルド経由で集めるのが妥当でしょう」

「はい。スキルの高いクルーは、適切な報酬を提示すれば集まります。でも、それだけじゃ不十分です」

「不十分、とは?」

「いざというとき、命を懸けてキャプテンを助けられるのは……報酬以上の理由を持つ者だけです」

ナビはしばし沈黙した後、僅かにボリュームを下げて返す。

「言いたいことは、わかります。ですが、それで私のAI基盤を危険に晒すのは、あまりにも」

「リスクは最小限ですよ。ちゃんと緩衝ユニットに格納しますし、緊急用の射出機構もついてます。破損したとしても、私もキャプテンもついています」

「……クレア、あなた自身のAI基盤を使うという選択肢も、あったのでは?」

クレアはくすりと笑い、取り出した球状モジュールをケースに収めながら言った。

「エアバイクごと爆発四散したらどうするのですか? リスクが高すぎます」

しばらくナビの応答はなかった。

やがて、船体スピーカーからかすかなため息が漏れる。

「……私は、あなたのシナリオの実験材料ですか」

「まさか」とクレアは笑顔で言う。

「優秀なパートナーにお願いしているだけです」


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