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誰もいない宇宙船で目覚めたら最強だった件について  作者: Sora
六章 エリジオン星系 辺境宙域編

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070_整備ドックの少年

 エリジオン星系、主惑星ノアリス。クラフトとクレアは今日も船の打ち合わせに向かった。

 連日続く船の仕様協議。最初の数回こそ、猫型ボディのナビも同席していたが、同じような話が繰り返されるだけと悟った頃には、同行をやめていた。

「今日は異世界探索に出かけてくるにゃ」

 クラフトにそう告げると、ナビは猫型ボディのまま船から飛び出し、外界へと繰り出した。

 遠隔操作で《シルバーナ》のエアバイクを呼び出し、市内を縦横に走る。公園、図書館、ショッピングモール……そして郊外にあるエアバイクレース場へと足を伸ばした。

 場内では来週開催される年一度のエアバイクレースの予選が行われていた。

「ほほー、興味深いにゃ」

 観客席の上で丸くなって眺めていたナビは、決勝進出枠が上位三機だと知る。1位と2位は最新鋭の機体を高度にカスタマイズしたチームのものだった。だが、3位の機体は明らかに型落ち、旧式機。辛うじて滑り込んだ形だった。

 ナビはしばらく練習走行を観察し、整備ドックへ向かう。ほとんどの参加者はチームで整備を行っていたが、ひとりだけ、黙々と機体を整備する少年がいた。先ほど3位を取った古い機体の持ち主らしい。

 ナビは彼の様子を観察した。

(AI支援ナビゲーションは旧型。リアクションタイムにラグがあり、補正制御も未対応。フレームにはカーボンチタンの疲労痕……補修も簡易溶接で済ませているにゃ。リアサスのバランサーも一世代前。現代規格のGバースト推進に耐えられる構造じゃないにゃ)

(このまま決勝に出れば、ブーストで機体が崩壊しかねないにゃ)

 と、そこに少年がふとこちらに気づいた。

「お、猫じゃん。こっちおいでー」

 両手をひらひらさせて手招きする。

「……猫ではないにゃ」

 ナビは憤慨気味に抗議するが、少年は目を丸くした。

「しゃ、喋った……ペットロイドか?」

「違うにゃ。《シルバーナ》の戦術AIナビ。この姿は仮のボディにゃ」

 しばし絶句した後、少年は吹き出した。

「なんだそれ、めっちゃ面白い。いや、ごめん、猫が喋って真面目な口調なの反則だろ」

 少年は整備用の小さな刷毛を手に取り、猫じゃらしのように振り始めた。

「やめるにゃ、そんなことで反応するわけ――」

 反応してしまった。

 刷毛の揺れに猫の本能アルゴリズムが抗えず、ナビは自然と前足を伸ばし、じゃれてしまう。

「……ぬう……屈辱にゃ……」

「完全に猫じゃん。ほらほら、こっちこっちー」

 笑いながらナビをからかう少年。

 ひとしきり遊ばれたあと、ナビはぴたりと立ち止まり、整備中の機体を見た。

「この機体は、次のレースには出さない方がいいにゃ。推進ユニットの出力に対して、フレームのトルク剛性が足りていないにゃ。特にバースト加速時、左右のアームがねじれて荷重が偏るにゃ。制御AIがその補正をできない仕様なら、クラッシュは時間の問題にゃ」

 少年の顔から笑みが消えた。

「……すげぇな。お前、本当に戦術AIなのか?」

「当然にゃ。設計補助モードを使えば、簡易な整備計画も立てられるにゃ。要望があれば、図面も引くにゃ」

「まじかよ。……そのうち、頼んでもいいか?」

「そのときは相談料ももらうにゃ」

 少年はポケットをごそごそと探り、小さな茶葉の束を取り出した。

「じゃあ、これやるよ」

 それを手渡されるや否や、ナビの嗅覚センサーがざわついた。

「な、なににゃこの香り……!」

 猫型ボディのAIに組み込まれた本能反応。意識がふわりと浮き、ナビは地面に転がってしまった。

「ははっ、マタタビってやつさ。乾燥させた茶葉だよ。猫が好きな香りらしいけど、AIにも効くとはな」

「くっ……これは……けしからんにゃ……でも……すばらしい感覚にゃ……」

 満足そうに目を細めて転がるナビを見て、少年はさらに茶葉を差し出す。

「ほら、もうちょい。明日も来るなら、もっと持ってきてやろうか?」

「……それは、いい提案にゃ」

 ナビは正気を取り戻し、機体へ視線を戻す。

「さっき言いかけたにゃ、やはり次のレースは見送った方が……」

「わかってるよ。でも……」

 少年はそれ以上言葉を継がず、代わりに笑ってナビの頭を撫でた。

「……あ、名前言ってなかったな。俺はカイ・レイン。よろしくな、戦術AI猫」

「ナビにゃ」

「ナビ、明日も来るか?」

「多分にゃ。今日の機体、直す気なら、もう少し詳しく見てやってもいいにゃ。……設計支援モードでにゃ」

「マジで? お前、もしかしてすげーやつなんじゃ……」

「今さらにゃ」

 カイはポケットから小袋を取り出して渡した。

「じゃ、これやるよ。仕事戻るから。またな」

 少年が立ち去る背を見送りながら、ナビはマタタビ茶葉を大事そうに抱えた。

「……未知との遭遇にゃ」

 そして、次の日もまた、ナビはエアバイクを遠隔操作してレース場へと向かうのだった。

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