006 訓練終了 そして残り時間が減った
「あれから、延々と訓練に明け暮れた」
宇宙のどこにも逃げ場はなく、日々は淡々と、そして容赦なく流れていった。1日20時間の戦闘訓練。休憩も仮眠も、もはや数値化された最適値に押し込まれる。
「……評価:Aマイナスまで到達しました」
仮想空間の灰色の艦橋に、AIの声が響いた。クラフトは息を吐き、背中に汗がにじむジャケットを脱いだ。タンクトップ姿で、冷却装置の前に立つ。
「あと少しでAプラス……いけるだろ?」
《その願望は尊重しますが、現実的には無理でしょう》
「は?」
《Aプラス帯の訓練には、“民間人防衛のための命の取捨選択”が含まれます。あなたの役割に必要でしょうか?》
AIの声は、まるで申し訳なさそうに淡々としていた。
《このプログラムは軍人向けです。あなたは軍人ではありません。艦隊戦の意思決定や、人道的判断のジレンマに耐える必要は、おそらくないでしょう》
「……それって、つまり俺がやる必要はないってことか」
《正確には、想定される任務領域外、ということです》
ムッとするクラフトをよそに、AIは続ける。
《個人の戦闘技術としては、すでに一流といえます。徒手格闘、二刀流近接戦闘、ハンドブラスターによる制圧戦闘、それらすべてにおいて80パーセンタイル以上の成績です》
「つまり……俺、強いってこと?」
《ええ、シミュレーション上では》
「は?」
《繰り返します。これはシミュレーション上の結果です。本番では、あなたがミスをすれば、誰も助けに来ません。あなたが死ねば、それはすべての終わりです》
「わーったよ、わーった。もうちょっといい気分に浸らせろっての」
AIは少しだけ間をあけてから、軽く口調を変えた。
《では、最後にひとつ。残り時間が、少しだけ減りました。》
「……え?どういうこと?」
「恒星の重力変化により引き寄せられる速度が急上昇しています。残り日数は3日です。」
「……おいおい、残り40日はあるはずだろ。3日で何とか何て、間に合うのか?
船の状況はどうなんだ。諸々、間に合うのか?」
クラフトの声に、AIは即答した。
《全システム、最低限の稼働条件には適合中。ただし、出力率は依然として62パーセント。想定加速には不足しています》
「つまり、間に合わない可能性もあると?」
《可能性は常に存在します。ですが、いま必要なのは感情的な反応ではなく、行動です》
「……お前、ほんとに容赦ねえな」
AIは間髪入れずに告げる。
《こういった状況に対応するための訓練です。これまでの成果を試す、絶好の機会です》
「おいおい、笑えるかよ」
《ご安心を。私は笑いません》
少し間が空いて、AIの声が淡々と続く。
《……まあ、見ている人はいませんが》
クラフトは眉をひそめた。
「お前、いま、皮肉言った?」
《いいえ。事実を述べました。この通信環境では、あなたの行動は記録されておらず、送信先も存在しません。あなたの選択と成果は、誰にも知られず、あなた自身にのみ残ります》
「だったら余計、やるしかねえじゃねえか」
クラフトは椅子から立ち上がり、再び訓練ユニットのハーネスに腕を通す。
「残り3日って話だったな」
彼は低くつぶやいた。
「昨日まで、残り40日はあったと思ったのに……」