068_器の重さ、旅のかたち
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ノアリスへの入港を終えた《シルバーナ》は、エリジオン・アストロテック社本社のドックに接岸していた。
海に浮かぶ都市のような巨大な人工桟橋。重力バリアと水素気流で支えられた桟橋は、まるで空に浮かぶ滑走路のようでもあった。クラフトは正装まではいかないが、襟元のほつれを丁寧に直し、クレアとともに企業の応接ロビーを訪れていた。
「ようこそお越しくださいました、キャプテン・クラフト様。当社の主任設計官、ヨーン・タリスがご案内いたします」
応接室に通されると、すでに資料が多数並べられ、ホログラフィックで船体構造のモデルが投影されていた。中央には、ライムワード級の最新設計プランが精緻に再現されている。
「基本設計は、調査と研究開発を主軸とした仕様でご提案しています。医療ラボ、標準搭載。格納庫にはシルバーナ級の艦艇が二隻分格納可能。外装には自衛用のパルスレーザータレットと対艦ブラスター、誘導弾、反応弾を組み込む形になります」
クラフトは頷きつつも、データを逐一確認していく。
「AIの中枢は?」
「ポジトロニック・ブレインを中核に据えた複合制御型です。ソフトウェア管理者を設定すれば、専属AIによる統合運用が可能です」
ナビの領域だ。クラフトは軽く視線を宙に泳がせる。彼なら喜びそうだ。
「納期は80日間、最終調整込みで。費用総額は——八百六十二億クレジットとなります」
一瞬、応接室の空気が止まった。
その後、部屋を出たクラフトはため息をついた。自動販売ユニットで炭酸水を買い、歩きながらペットボトルを傾ける。横を歩くクレアが、そっと口を開いた。
「キャプテン、購入に反対はしません。ですが、傭兵業だけでこの原価を回収するのは……現実的とはいえません」
「だろうな」
クラフトは苦笑した。
たしかに、船としてのスペックは最高だ。だが、これだけの出費は、相当な長期計画でのリターンを見込まなければ成立しない。
「投資する価値はある。だが……これはもう、ただの傭兵船じゃない。研究船でも、戦闘艦でもない。なにか別の……」
そのとき、アストロテックの担当者が後方から小走りに近づいてきた。
「キャプテン・クラフト、失礼いたします。先ほどの支払いについてですが……資金調達の見通しについて、いかがなさいますか?」
「ああ、その件なら問題ない。全額、即金で払える」
その瞬間、担当者の表情が一変した。
「そ、それは……。かしこまりました! では社内待遇についても、特別対応とさせていただきます。専属コンシェルジュ、技術連絡官、完成後の恒常サポートも追加いたします!」
露骨な態度の変化に、クラフトは苦笑しながらも頷いた。
彼らが《シルバーナ》に戻る直前、設計官のヨーンがぽつりと助言した。
「ライムワード級のような大型船は、運用の幅も広がります。ご乗船予定のクルー、今のままでは負荷が大きすぎるかと。ギルド経由で人材募集をかけるか、ご自分で仲間を探すか、選択はお任せいたしますが……ご一考を」
ノアリス市街の中心部。ギルド本部は円形のホールに無数の掲示板が並ぶ、活気ある場所だった。クラフトは登録端末を通じて辺境地域の依頼を閲覧する。
「資材運搬、常時あり。海賊討伐、常時あり。医療機器関連、やや特殊……か。王族の慰問団警護? なんだこれは」
「ノアリスは辺境への玄関口ですから、特殊な案件も集まります」と、対応したギルド職員が説明する。
「大型船をお持ちなら、高額依頼も多く受けられます。ただし、それでも八百億を超える資金の回収となると……相応の時間はかかるかと」
クラフトは端末のデータを眺めつつ、頭を掻いた。
「……まあ、そうだよな」
ギルドを出た帰り道、彼らは偶然、町のはずれにあるスタジアムで開催されるエアバイク・レースの告知を目にした。
「定期開催……賞金もあるんだな。スポンサーがついてるみたいだにゃ」
ナビがポスターの小さなロゴを目ざとく見つけ、ひげをぴくりと動かす。
「調査船の隊員候補を探すという名目で、こういう場に出て稼ぐのもありか」
クラフトが何気なくつぶやく。
「キャプテン!」
クレアの声が一段階鋭くなる。
賭け事に対して厳しい彼女の性格を知るクラフトは、すぐさま手を振った。
「あっ、違う違う、そういう意味じゃない! 本気でスカウト活動だって!な? ほら、健全な人材登用!」
「……本気なら、いいのですが」
クレアが眉をひそめながらも視線を外すと、クラフトは小さく咳払いして話を打ち切った。
そして夜。再び《シルバーナ》の艦内。
ブリッジではクラフトとクレアがモニターを囲んでいた。猫型ボディのナビが、座席の上でまるくなりながら静かに口を開く。
「キャプテン。結論からいうと、現行の収入源、つまり傭兵業務だけでは回収は困難にゃ。追加の収入策を構築するべきにゃ。船の管理については特に問題ないと思うにゃ」
「まあ、やっぱそうか……」
クラフトは額を押さえ、椅子にもたれた。
「クレア、どう思う?」
「資金の支出自体は問題ではありません。ただ……この船に誰を乗せるかは、キャプテンの旅に強く関係すると思います」
クレアの視線は真っ直ぐだった。
「この船は、個人の野望だけでは持て余す規模です。仲間を得ることを、そろそろ本気で考えるべきでは?」
クラフトはしばらく黙っていた。
窓の外には、ノアリスの巨大都市が光の輪郭を描いていた。星々の間を旅するには、力が要る。だが、力だけでは届かない場所もある。
「……俺たちの旅に、誰を迎え入れるか。難しい話だな」
「ええ。でも、それが“進む”ということなのかもしれません」
クレアの声に、ナビが補足するように言った。
「船は器にゃ。中に何を入れるかで、その意味が変わるにゃ」
クラフトはゆっくりと目を閉じた。
いま、彼は岐路に立っている。たった一人で戦い抜いてきた彼が、初めて“チーム”を組むという未来を前にして——。
《シルバーナ》の艦橋に、静かな決意の空気が流れた。
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