067_ライムワード級、次なる船を求めて
《シルバーナ》のブリッジには、柔らかな照明と共に恒星の光を模した航路マップが浮かび上がっていた。
猫型のナビは、操縦席横の椅子の上で小さく丸まり、仮眠中のように見えた。
その黒色の人工毛皮が寝息と共に微かに動く。
「さて……次の目的地についておさらいだな」
クラフトが脚を組んで背もたれに深く体を預けると、猫型ボディはぴくりと片耳だけ動かした。
「目的地:エリジオン星系、主惑星ノアリス。あと三十六時間で到着予定です。ノアリスは一号星~三号星があり、今回は主惑星の一号星が目的地となります」
ナビが答える。
猫型は仮眠しているように見えるが、船体AIとしての処理は常に起動状態だった。
「ノアリス、良い名前だ。あの展示会で見たライムワード級を作ってる本社は1号星だったな」
「はい。エリジオン・アストロテック社の本社はノアリスの首都テル=グラーネにあります。展示されていた試作モデルの最新仕様が製造中であり、確認が可能です」
「試作型よりさらに上のモデル……ってことか」
クラフトは天井の星図を見上げた。エリジオン星系の航行データが自動的に展開される。彼の視線が一点を定めると、それに呼応してホログラフが拡大表示された。
「ノアリスについて、概要をくれ。惑星の地政学的な意味も含めてだ」
「ノアリスはエリジオン星系の第一惑星。地表の七割が海洋で、温暖な気候帯を持つ地球型惑星です。人口約六十億。議会民主政を基盤とし、三つの主要勢力――ノアリス軍、民間軍事企業連合、そして傭兵ギルドが惑星の治安を維持しています」
ナビの説明に合わせ、ホログラムには都市分布、経済圏、航路網が順次描き出されていく。
「辺境に位置しながら、未踏領域との接続拠点として近年急成長中。スターゲイトが現在建設中で、三年以内の稼働が予定されています。ディープスペース探査や物資輸送のハブとして注目されています」
「未踏領域への玄関口、ってわけか」
「その通りです。民間の探査活動も活発で、銀河探査関連の装備・機材需要が高まっています。エリジオン・アストロテック社はその中心的供給元のひとつです」
クラフトは「ふむ」と短く唸った。ブリッジの照明が航路投影の青い光に包まれる中、クレアが作業端末から顔を上げた。
「キャプテン。ノアリスの本社ドックでは、展示会で提示された機体よりも、運用実績を踏まえた改良仕様が進行中とのことです。社内資料によると、深宇宙航行能力がさらに強化され、乗員用設備も長期任務対応型に再設計されているとか」
「その話が本当なら、見るだけでも価値はあるな。船の購入は高い買い物だ。しっかり見てから判断したい」
「現地での運用ニーズや銀河航路に関する相互確認を推奨します。エリジオン側もその前提で来訪を案内しています」
ナビは丸くなったままだった。クラフトは背を伸ばして操縦席を離れ、スクリーン前まで歩く。
「ノアリスに到着したら、まずどう動くか、優先順位を整理しよう。ナビ、現地での要所をマップ表示してくれ」
「了解。表示します」
ホログラフの中央にノアリスの地形図が浮かび上がり、都市名と拠点のラベルが自動で展開された。
「第一目的地は、エリジオン・アストロテック社本社。首都テル=グラーネの湾岸区画にあり、開発棟・設計ドック・管理局を併設しています。見積もり依頼に対する回答は、現地来訪時に仕様詳細を提示する形での商談に切り替えられました」
「なるほどな。船の仕様協議、見積もり確認、あとは実地でどれだけ活用できそうかを判断して、最終決定か」
クラフトはそう言って頷くと、クレアのほうを見やった。
「契約関連の文面確認と、向こうから出されるサンプル条項もチェックしてくれ」
「はい、キャプテン。企業契約に特有のリスク項目も合わせて分析しておきます」
「二つ目の目的地は、ギルド支部です」
ナビがそのまま続ける。
「第二都市カル=レイアに探索関連部署を持つギルド拠点があります。ディープスペース航路に関する情報、未踏領域任務の傾向、現地傭兵の契約形態などの情報収集が可能です」
「未踏宙域に向けた活動の有無を確認するには、うってつけだな。ライムワード級を使うとして、どんな任務が回ってくるかの見通しが立たなけりゃ、買う意味も薄れる」
クラフトの声は、どこか現実的な温度を保っていた。戦術と同じだ。装備は使ってこそ意味がある。
「必要であれば、ギルドの担当官との面談も手配可能です。わたくしのほうで、紹介依頼を事前に送っておきましょうか?」
クレアが柔らかく提案する。クラフトは「頼む」とだけ返し、指先でマップをなぞるようにスクリーンを操作した。
「三つ目……観光か。おまけみたいなもんだけど、余裕があれば立ち寄っておきたいな」
「ノアリス南半球に位置するセロニア諸島が代表的観光地です。温泉リゾート、農業体験施設、海中生物観察ツアーなどがあります」
ナビの声には変化がないが、クレアの表情は少し明るくなった。
「キャプテン、少しは羽を伸ばすのも良いかと」
「うーん、まあな……ただ、辺境だ。治安は?」
「傭兵登録船や武装艦に対する攻撃記録は過去一年でゼロです」
「それなら問題はないか。いざとなればこっちには《シルバーナ》があるしな」
ブリッジに、しばし沈黙が落ちる。クラフトはひとつ息を吐くと、ナビのほうを見やった。
「じゃあ、ノアリスとの交信圏内に入ったら教えてくれ」
「了解。エリジオン星系主航路へ短距離ワープを実施します。目的地、惑星ノアリス。全システム、ワープシーケンスに移行」
猫型ナビは目を閉じたまま。シルバーナの船体に、エネルギーの駆動音が微かに響き始める。
クラフトは操縦席に戻り、クレアは隣に立った。次なる航路の先には、新たな選択と、出会いがある。




