066_勝利の余韻そして掛け金はいくらになったか(^^♪
やっぱり、まつりの後はパーティーですよね
アリーナ中央の巨大ステージ。歓声を背に、壇上へと歩む三つの影――キャプテン・クラフト、オペレーターのクレア、そして猫型ボディの戦術AI・ナビ。
ライトの照り返しが金色のトロフィーに反射し、眩しさに思わず目を細めると、司会者がいつもの絶叫トーンで結果を読み上げる。上位四チームに授与される栄光と賞金。その総額がスクリーンに躍るたび、客席が沸き返った。
クラフトの視線は、数字の羅列に釘付けになる。30億クレジット。準優勝が10億、三位と四位は5億ずつ。口元が緩む。
「……顔」
すかさずクレアが小声で注意した。
クラフトは咳払いし、無理やり表情を引き締める。トロフィー越しに視線を巡らせると、イレーネはバイザーマスクの奥で感情を隠し、ダリウスはスター選手よろしく客席に手を振っていた。
司会が締めのハイテンションで叫ぶ。
「本日20時より、栄えあるトップ三十二名による祝賀パーティが開催されます! 全員、必ず出席してくださいッ!」
* * *
●パーティー会場にて
「……キャプテン・クラフト」
声が背後から落ちてきた。少し低め、しかし濁りのない音色。
振り返ると、仮面のようなバイザーとパイロットスーツ姿の女性が立っていた。
イレーネ・シュヴァルツ、先ほどまで激闘を繰り広げた相手だ。
表情は読めないが、その立ち姿には、剣士にも似た高潔さがあった。
「見事な操縦技術だった」
「ありがとう」
「戦術構成も、完全にこちらの予想を上回っていた。素直に祝意を述べます」
イレーネは、わずかに頭を下げる。
「……少し無粋な質問を」
言葉を選ぶように、イレーネは続ける。
「あなたの機体には、いったい何基のAIが積まれていたのだ? あの回避パターン、あれは並の演算では追いつかない」
「なるほど」
クラフトは笑って肩をすくめた。
「気になるなら本人に聞いてみたらいい」
そう言って視線を送った先には、グラスを両手で抱えたクレアと、その腕にちょこんと収まる猫型ボディのナビがいた。
「女性型AI、カテゴリ4?」
イレーネはクレアに一歩近づき、少しばかり警戒を解いた声で問いかける。
「まさか、一人であの演算処理を?」
クレアは、静かに首を横に振った。「私は補助です。船の本体AIはこちらです」
そう言って、腕の中の猫を指差す。
「……こちら?」
イレーネの眉がかすかに動く。
「にゃ!」ナビはナゲットをくわえたまま、勝ち誇ったようにうなずいた
イレーネは一瞬言葉を失い――そして、抑えきれなくなった笑いがこぼれる。
「……猫? この……毛玉が?」
「毛玉とはなんにゃ!」
耳がぴくぴくと反応し、尻尾がピンと跳ね上がる。ナビの目が鋭く三角形になった。
「負けたくせに生意気にゃ!」
笑いが止まらなくなるイレーネ。
ぐっと口元を押さえるが、どうしても笑みが漏れてしまう。
「……いや、すまない。本当に、悪気はないんだ」
目元に涙をためながら、イレーネはバイザーを外した。
氷のように無表情と思われていたその顔に微笑みが浮かぶ。
その素顔は知性と静けさを湛えた、美しい人だった。
「……あなたが、戦術AI。失礼をした。本当にすごいと思う」
しかし、その口元の微笑みが決定打だった。
「にゃ、笑ってるにゃああああ!!」
ナビの尾が膨らみ、耳がぴんと立つ。
「これは失礼した」
イレーネが再度頭を下げるも、目尻の笑みはもう隠しようもない。
「クラフト!今すぐ船に乗るにゃ!!反応弾で星ごとふっとばしてやるにゃ!!」
「……物騒なこと言うなよ」
呆れたように言って、クラフトはシャンパンを一口。
クレアは、そっとナビを撫でてなだめる。
「ほら、もう怒らない。いい子でしょ?」
「このボディがいけないにゃっ。ケチって猫型にするからややこしくなるにゃ!」
それでも、誰もが笑っていた。
勝者の夜に、わずかに差し込むユーモア。
■ギルド上層部
スーツ姿の幹部がクラフトに歩み寄る。
「優勝、おめでとうございます。いやはや……まさかブラスターと誘導弾で、ここまで派手な試合になるとは」
肩をすくめながら、幹部は乾いた笑みを浮かべた。
「ルール内でしたからね」
「もちろん。しかし、驚きました。まさかこんな試合を見れるとは。キャプテンクラフト、ギルドでも過去の討伐記録を拝見しました。あなたは今、シルバーランク。もう数件、依頼をこなせば」
「ゴールド、ですか」
クラフトが先回りして応じると、幹部は嬉しそうに頷く。
「政府や企業からの指名依頼も増えます。是非早めの昇格を決めて頂けるといろいろと話が進みやすい」
クラフトは苦笑した。
「……まあ、考えておきます。あんまり注目されるのは好きじゃないんでね」
「その割に、今日の目立ち方は尋常じゃなかったですな」
苦笑
■セリーナとダリウス
「キャプテン クラフト」
名を呼ばれ、振り返ると、セリーナとダリウスがいた。
「……見事な決勝戦だった」
セリーナが、はっきりとした口調で言った。目には曇りがなかった。
「負けたのも、納得できる」
「恐縮だな」クラフトは素直に返した。
横でダリウスが、グラスを掲げて軽く笑う。
「一瞬、本気で傭兵に転向しようかと思ったけどな。やっぱり、俺にはレースの方が合ってるみたいだ」
肩をすくめたその仕草は、悔しさというより、清々しさだった。
「それと……」セリーナが手を差し出す。
「戦術を見直す良い機会になった」
クラフトは差し出された手をしっかり握った。
勝者と敗者という関係ではなく、同じ空を翔けた者として。
パーティーはその夜、遅くまで続いた
* * *
●深夜、クラフトの滞在先
ホテルのバルコニーで、酔いをさましつつ、タブレットの画面を見つめるクラフト。
にこにこだった。
トップベットの払い戻しが先ほど完了した。
「781億……桁が……桁がぁ……!」
嬉しさのあまり、口元が勝手に「ふへへ」とか言い始めている。
クレアは冷ややかに言った。
「キャプテン、もう少し筋肉を引き締めてください」
「いいんだ! 今日だけは許してくれ……見てみろ、ほら!」
クラフトはトップベットのマイページを開いて見せびらす。
掛け金:1.5億、倍率:521倍、払い戻し:781.5億クレジット。
「すげぇだろ!?これもう傭兵やめて富豪やるか!」
ふとクラフトの視線がランキングへと流れる。
「ん……?」
ランキング上位に、自分より上の払い戻し額があった。
掛け金:3億クレジット。払い戻し:1563億。
「……3億、この数字、見覚えが……」
クレアがさらりと言った。
「私です」
「えっ……お前、俺が賭ける時あんなに止めたのに!?愚かだって!」
「キャプテンのは家計費です。私のは余剰資金です」
クラフトは手すりに寄りかかり、がっくりと肩を落とした。
「ぐぅ……俺の勝利が数字で上書きされた……!」
「手柄を立てたのはキャプテンですから」
「言い方が上からすぎるぅ……!」
ふてくされたクラフトに、クレアが静かに近づき、彼の肩をそっと抱いた。
「それでも。私が賭けたのは、あなただけですから」
クレアの呼吸が伝わってくる。
「うぅ……やっぱり損得じゃねえか……!」
そう嘆くクラフトに、クレアはふっと小さく笑った。
「……ですが、私は最初から信じていましたよ。あなたが勝つと」
クラフトは、夜空を見上げる。
静まり返った、群星の海に、一際まぶしく白く輝く月が浮かんでいた。
「……月が、綺麗だな」
ぽつりと、クラフトが言う。
少しだけ、間が空いた。
「……はい、とても」
クレアは、かすかに視線を伏せながら答えた。
クラフトは、それ以上何も言わなかった。
ただ静かに、月を見つめていた。
そしてクレアもまた、隣に立ち、同じようにその光を見上げていた。
二人の影が、月明かりに静かに重なりバックス・メイジャの夜は更けていく。
月が綺麗ですね、いつか使ってみたかったのです
次回より新章突入です
まだまだ旅は続きます




