065_バトルトーナメント決勝戦 ~海上決戦~
いよいよ決着です
●バトルトーナメント決勝当日 《オロチ・アリーナ》
アリーナは、静かだった。
昨日までの熱狂が嘘のように、天井スクリーンも、照明も、音も沈黙している。
だが、それは嵐の前の静けさ。
二万五千人を超える観客は、息をひそめ、次に訪れる「瞬間」を待っていた。
決勝戦。
あの司会者の声が空間全体に響く。
「Ladies and gentlemen——!!」
「ようこそお越しくださいました! 銀河統一バトルトーナメント、最終日ッ!
この一戦を制した者こそ、銀河最強の実機バトルパイロット!!
さあ、誰も見たことがないフィールド、誰もたどり着けなかった決勝の扉を、いま──開きましょう!!」
天井スクリーンに、ふたりの名が投影される。
CRAFT vs EIRENE
「さあ、まずはご紹介しましょう!!
「アルキオネ・ダイナミクス社の叡智を結集した、戦術演算の女王!!イレーネ・シュヴァルツ!!」
コクピットに収まったイレーネの顔が、無表情のまま映し出される。
その眼は、冷たい光を帯びていた。
「そして……対するは!傭兵ギルド所属、あるのは実力と沈黙だけ!
勝ち上がるごとに“何かがおかしい”と噂され、今や銀河最大の謎男!!
キャプテン・クラフト!!」
コックピットで、クラフトは目を細めていた。
●午前10:20 クラフトVSイレーネ
2機の戦闘艇──《シルバーナ》と《マリア・ゼロ・スリー》が、ゆっくりと高空へ浮上していく。
会場のボルテージはすでに最高潮。空中に浮かぶカウントダウンの数字が、深紅に染まりながら減っていく。
──5。──4。──3。──2。──1。
「バトルスタート!!」
2機は真正面から一気に加速、回避行動すら取らず一直線に突進する。観客席がどよめきに包まれる。
「ぶつかるぞ……いや、すれ違う!」
「ブラスターが閃く」
すれ違いざま、クラフトとイレーネが同時にブラスターを放った。照準、反応、回避
そのすべてがコンマ数秒で完結する。
両機はわずかに機体をスライドさせ、互いの射線を紙一重で逸らす。その距離、わずか10メートル。
「まるで準々決勝の焼き直しだ……!」司会の声が、興奮と緊張に震えるように響いた。
イレーネの《マリア・ゼロ・スリー》がスロットルを開き、制限高度まで一気に上昇する、追随するクラフト
《マリア・ゼロ・スリー》の紅い軌道が蒼穹に吸い込まれる。そして機首が、鋭く反転した。
次の瞬間──誘導弾が連射される。
それは、空中で分裂し、無数の光る矢と化してシルバーナを襲う。
「来る……」クラフトが低く呟き、パルスレーザーが唸りを上げる。
閃光とともに弾頭が空中で爆ぜる。直撃は許さない。だが、その回避もギリギリだった。
「見てくれて嬉しいよ」クラフトの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
先の戦いで自ら仕掛けた戦術を、まさかこの“演算の女王”が再現してくるとは──。
「見事な腕だ。通常兵装では互角か」イレーネの心拍数がほんのわずかに上昇する。無表情だった口元に、微かに笑みが浮かぶ。
そして、彼女は静かに呟く。
「──では、次の手を」
その瞬間、《マリア・ゼロ・スリー》からドローンが射出された。2機、さらに2機。合計4機。
「っ!? 4機? おいおい、それはありなのか……」クラフトが苦笑いを浮かべながらも、素早く指示を飛ばす。
「ナビ、クレア、回避に全振りだ。キャニスターの射出は俺がやる」
「了解!」
次の瞬間、イレーネと4機のドローンから、空を覆うほどのクラスター誘導弾が発射された。
空中で分岐したそれは、一気に十倍の数へ膨れ上がり空を覆う。
クラフトは一気に海面に向けて急降下、その後ろを数戦のクラスター誘導弾が追い詰める。
"クラフトはスロットルを最大開放。《シルバーナ》は超低空へと沈み、海面すれすれを滑るように飛行する。
イレーネの放ったクラスター誘導弾がシルバーナの後を追うように着弾し水柱を作る"
降り注ぐ光の矢を掻い潜り、クラフトは海面すれすれを疾走した。白い水柱が、轟音とともに《シルバーナ》の後を追う。その裏側で、シルバーナの船体からキャニスターが投下されていくのを、誰も、イレーネすらも気づかない。
「キャニスター投下完了!」
ナビの声が次のステージの準備ができたことを告げる。
水面すれすれを、銀灰の機体が滑るように飛行していた。
4機のドローンが隊列を組み、波状攻撃を繰り返す。ブラスター、クラスター誘導弾、見ている者からは決着は時間の問題と思われていた。
シルバーナブリッジでは静かな戦闘が繰り広げられていた、ナビとクレアが負荷分散を行いながら、4機のドローンの弾道をクラフトの視線にオーバーレイする。クラフトはその弾道予測と上空のイレーネのブラスター砲撃の監視、回避を担当する。
反応速度は限界を超えつつあった。
わずかな“予測差”が勝敗を決めるこの状況、3人はどこか楽し気に船を奔らせる。
「……馬鹿な」
高空からその光景を見下ろしていたイレーネの口から、声が漏れた。
「一体、いくつ積んだらそんな回避ができる……?」
《マリア・ゼロ・スリー》のAIは即座に演算処理を始めていた。
──敵機、非通常の回避挙動。搭載AI数不明。
──推定処理パス:人間とAIによる手動・自動連携。
疑念と戦術思考が交錯する。
だが、即座に切り替えた。
イレーネの指先が、コントロールパネルを滑る。
「全機、密度最大まで攻撃連携を引き上げ。
──ドローンが動いた。
4機の射角が、シルバーナを中心に収束していく。
どこに逃げても、すべての行動が“包囲”されすべての攻撃がシルバーナに“収束”している。
まるで、狩猟動物に囲まれた獲物のようだ。
「……回避限界、あと40秒です」
ナビの声が伝える。
「十分さ」
クラフトの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
上空を旋回していた《マリア・ゼロ・スリー》が、ついに動く。
シルバーナの背後を抉るように降下してきた。
イレーネ自身が、動いた。
それが、クラフトの待っていた合図だった。
「来たか……」
声には、わずかな愉悦さえ滲んでいた。
《マリア・ゼロ・スリー》から放たれるブラスターの火線、複数の誘導弾が、低空を走るシルバーナを仕留めにかかる。
ドローン4機、そして本体の《マリア・ゼロ・スリー》までもが、シルバーナの追跡に加わった。
シルバーナはなおも走る。波打つように、海面すれすれを滑る。
そして、クラフトの視線が一点を見据えた。
そこは、潮流の流れと風向を計算して漂流させていた“キャニスター群”の中心だった。
「クレア、最後の一撃は、タイミング任せた」
「了解」
水面下。
そこには静かに、無数の“棺”が漂っていた。
中に眠るのは、数百発のクラスター誘導弾。
風と潮の力を借りて、クラフトがここまで導いた“罠”。
《マリア・ゼロ・スリー》と4機のドローンがクラフトを追跡して棺の中心に差し掛かる。
「3……2……1……」
その瞬間、クラフトは静かに息を吸い、トリガーを引いた。
「ファイア」
海面が爆ぜた。
そこから噴き上がる、光の矢の群れ。
誘導弾は数百、いや──途中で分裂し、マイクロクラスターとなって数千へと膨れ上がる。
まるで、海が空に反逆するようだった。
真下から放射状に展開された“反撃の矢”。
それは逃げ場のない網となって、イレーネとドローンたちを包囲した。
それは誰も見たことがない光景だった。
信じられなかった。
イレーネの瞳が、瞬きひとつせず、放たれた“反撃の矢”を凝視していた。
海が、牙を剥いた。
彼女の完璧な包囲網が、下方からの飽和攻撃によって一瞬で崩されたのだ。
「……っ、AI、全演算資源を回避に集中。ドローン全機──最後の弾幕で突破路を構築」
その判断は早く、恐ろしいほどに冷静だった。
即時に、ドローン4機が反応。各機が保有する残弾すべてを使用し《マリア・ゼロ・スリー》前方空域へと誘導弾を展開。
空に、炎のトンネルが形成される。
赤い光が連なり、一直線の“道”が空を割った。
その中央を、イレーネの《マリア・ゼロ・スリー》が突き進む。
攻めの一撃。
防御も回避も捨てた、狙撃にすべてを捧げるための“駆け”。
彼女は理解していた。今こそ、クラフトはこの一手に満足し、ほんの一瞬、次の手を遅らせている。
「気づいてない……」
イレーネの表情に、わずかな笑みが浮かぶ。
精密な演算照準。重なり合うデータと感覚。指先の感圧センサーが、ブラスターの引き金を受け取ろうとしていた。
クレアは静かに呟く。
「遅延起動、開始。3、2、1……ファイア」
それはクラフトが海中に投下した最後のキャニスターの機動カウントだった。
《マリア・ゼロ・スリー》の艦橋に、甲高い警報が鳴り響く。
「後方より、誘導弾急接近──!」
「なに……?」
イレーネの瞳が見開かれる。
空を駆ける彼女の背後、誘導弾が地平線の彼方から、地鳴りのような軌道で襲いかかっていた。
海流に乗せて密かに仕込まれていた“遅延型キャニスター”。
クラフトは最初から、彼女の動線と心理を読み切っていた。
「全推力で右へ回避、急速旋回!」
彼女の指示を受けて、《マリア・ゼロ・スリー》はぎりぎりの角度で躱す。
全弾回避。
「そうだよな。お前なら躱すと思ったよ」
クラフトはジャックナイフターンと同時に時差ゼロでブラスターを放つ。
その粒子弾は、最後の誘導弾を躱した《マリア・ゼロ・スリー》の機体中央を、真正面から貫いた。
AIが、自動判定を下す。
──撃墜。
「……完敗、か」
AIが静かにシャットダウンし、イレーネはそっと目を閉じた。
一拍の静寂が、会場を満たした。
そのあと、地を割るような歓声が《オロチ・アリーナ》を包み込む。
「決まったァァァッ!!決勝戦、勝者ァ!! キャプテン・クラフトッ!!」
観客席が揺れる。二万五千人の観客が、一斉に立ち上がり、空に拳を突き上げた。
誰もが、息を呑んだ。そして、爆発した。
クラフトは、ブラスターのレバーから手を離すと、そっと息を吐いた。
シルバーナの機体は、静かにホバリングしたまま、空に佇む。
まるで、戦いの意味を問うかのように。
いかがでしたでしょうか
久々のクラフトのガチバトル
少しでも良いと思われましたら是非ポチッとお願いします




