064_決戦前夜
シルバーナのブリッジには、静かな緊張感が漂っていた。
クラフトは操舵席の背もたれに深く身を預け、片脚を組んで座っている。
目の前にはダークグレーのパネル、頭上にはアクティブモニター群。けれど今は、操作の手も止まり、ただ外を眺めていた。
「クレア、賞金額の最終確認を頼む」
後方のオペレーション席で待機していたクレアがすぐに応じる。
「はい。優勝が30億クレジット、準優勝が10億。3位と4位はそれぞれ5億です。
上位4名にのみ賞金が支払われる形ですね」
クラフトの口元がわずかにほころぶ。
「……いい額だ。もう、負けはない」
その顔に浮かぶ笑みは、人には見せられない種類のものだった。
心の奥に潜む金の匂いが、わずかに表情を歪める。守銭奴の素顔。
「……顔が怖いです」
クレアが小声でぼやく。「まだ優勝、してないですよ?」
「ハイハイ」クラフトは苦笑しながら手を振った。「堅いなあ、相変わらず」
「ナビ、明日の対戦者、情報をくれ。あと、フィールド情報も」
「昨年の優勝者。巨大軍需企業試験部門所属のテストパイロット。
身体強化手術により反応速度は常人の4.6倍。高G耐性も強化されており、人間には不可能な急制動・急旋回を実行可能。
ドッグファイトでの勝率は、98.7%。」
「……とんでもねえ化け物じゃねえか。真正面から行ったら死ぬな」クラフトが苦笑する。
クラフトは背もたれから少し身を起こした。
ナビは続ける。
「搭乗機の名称はマリア・ゼロ・スリー。全長約98メートル。主兵装は自動操縦式オプション機2機による飽和攻撃。遠距離から高密度の弾幕を張り、対象の逃げ場を奪う設計です」
「映像を再生します」
クレアが言って、艦橋中央のホログラム投影ユニットが起動。
前回の試合記録が浮かび上がる。
本体とドローン2機による連携射撃。全方位から迫る誘導弾。繰り返される包囲。
空間戦闘の常識を超えた暴力的な制圧力が、そこにはあった。
「……実質、三対一ですね」
クレアが沈んだ声で言う。「正面から行けば、まず勝てません」
クラフトは腕を組み、無言でしばらく映像を見つめていたが、やがて低くつぶやいた。
「兵装が制限されてる今のルールじゃ……1機ずつ削るしかないか」
ナビは次の情報に移った。
「そして、明日の試合フィールドは《アクエリアス・サウスリング》です。視界・レーダーともに水面反射により不安定。地形、潮流干渉が戦術に大きな影響を与えると予想されます」
「海か……」
クラフトが椅子に背を預け、天井のライトに目を細めた。
「風と潮……そしてドローン。いい舞台が揃ったな」
その時、ナビのトーンが微かに上がる。
「キャプテン、運営事務局からの通知です。対戦相手より、ルール変更の提案が提出されています」
「……ほう。内容は?」
「使用可能兵器に、『クラスター誘導弾』および『迎撃用パルスレーザー』の追加を要望しています。
同意すれば、双方ともに装備が解禁されます」
「相手の飽和攻撃の戦力が上がりますので、却下するのが順当です」
しばし沈黙。艦の振動すら止まったような静けさのなか、クラフトの目が細まる。
そしてゆっくりと、口角を持ち上げた。
「……ナビ、クレア。俺たちは、運がいい」
「え?」
「わざわざ、1機ずつ相手する手間が省けた。提案を承認してくれ」
「え?」
「何か策があるのですか?」
「ああっ敵が飽和攻撃で来るなら、面白い花火を見せてやるさ。キャニスター付きで誘導弾の補給を頼む」
「・・・」




